
オギャーと生を受けた瞬間から、静かにこの世を去る最期まで、人の一生に毎日関わっている。県立六日町病院の内科、小児科、産婦人科の病棟を担当。中学時代に決めた進路、看護士となり4月で4年目に入る。『おまえには無理、やめたほうがいい』と両親に反対され、なおもめざした看護士。「あの時の親の言葉が分かってきましたが、だからこそ、やりがいでもあります」。笑顔が回りの雰囲気をパッと明るくする。「おまえさんが来ると元気が出る、などと入院されている方から言っていただくこともあり、こちらの方が元気をもらっています」。
両親とも看護士。父・藤男さんは県立十日町病院の看護士だった。骨髄異型性症候群を発症し、骨髄移植を行うが平成18年4月3日、家族に看取られ他界。48歳の若さ。「私が20歳の時です。看護士になり、自分の希望を血液内科と書きました。お父さんが苦しんだ所です」。自分にできることはと骨髄バンクに登録。「多くの人がドナーを待っています。皆さんもご協力を」。
父が亡くなる前年に求めた愛犬レオ。「交通事故に遭い、歩けなくなりました」。だが友人特製の歩行具で前足だけで歩く。「レオも頑張っています。自分もと思います」。看護士に就き、両親のすごさを実感している。「両親を尊敬しています」。母・真由美さんが、良き先輩であり相談相手だ。
いま沖縄の海に夢中。2年前、初めてスキューバーダイビングに挑戦。「青い世界、どこまでも見通せる透明感、世界観が変わりました。今年も行きたいです」。週に一度は家に帰る。「三箇大好きです。ほっとしますね」。