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2018年04月の津南新聞「トピックス」

過去の津南新聞トピックス
妻有ビール誕生、飲み比べてください   4月28日号
 クラフトビールを通じ、十日町を元気にしたいと醸造に取り組む木千歩さん(44)の「妻有ビールお披露目パーティー」が21日、まつだい農舞台で行われ、90人余りの来場者が完成を祝った。
 木さんは発想から実現に向け、資金集めとビール醸造研修、工場建設と奔走し、1月に初仕込み、2月の雪まつり広場で初出荷した。会場には十日町産そばを使った「そばエール」など3種類が用意され、来場者は次々と飲み比べしていた。
 出資し工場建設のボランティアにも参加した柏崎市の杤堀耕一さん(47)は「それぞれの風味が感じられてうまい。十日町にはジビエ(野生肉)処理場を始めた女性もおり、相乗効果を生むだろう。十日町がうらやましい」と話した。
 木さんは「市内での販売だけでなく、六日町や上越にも出荷が始まり、新潟市や東京からも引き合いがきています。量り売りも工場で行います。今年はホップ250株を植えて栽培に取り組みます」と意欲を話している。

妻有アスリート「桑原優斗選手・短距離」  4月28日号

 レース直前。スタート地点に立ち、目を閉じる。手の先、足の先に至るまで全身に呼びかける。「しっかり動いてくれよ」。セット…バンッ。
     ○
 桑原優斗(津南中等教育学校6年)にとって高校時代最後のレースが始まった。今月22日、県内の高校陸上トップアスリートが集まった柏崎選手権。前日の100bは学校行事で出場できなかったが、200bに出場した。まだトラックで本格的な練習ができない中での前哨戦。「体が動くだろうか」。不安はあったが、結果は1位になった新潟学館・稲毛碧に0・09秒差の2位。記録は21秒72だった。上位3位まで大会新というレースだった。
 夢は短距離での日本代表だが、先ずはインターハイでの入賞が目標だ。昨年、初めて出場したインターハイ・200bは散々だった。スタート地点に立つと、極度の緊張から手が震え、呆然として何が何だか分からないままレースは終わった。結果は予選落ち。
 3ヵ月後の中越地区大会。今度はリラックスして挑んだ。100b10秒65、200b21秒47。共に自己新をマークした。
     ○
 結果は200bの方がいいが、「本当は100bの方が好きだ。200bはとにかく疲れる。注目度も違うしね」。インターハイでの入賞ラインは100bが10秒30台、200bが21秒20台だという。「わずか0・1秒の差でも大きいんですよ。それを埋めるのが大変」。冬期間、トラックでの練習ができないことから、ウエイトトレーニングで上半身を含め筋力を鍛えてきた。
 しかし課題も多い。特に両足のスネ部分に炎症を起こし、満足な練習ができないことや、昨年末にバレーボールを楽しんでいた時に足首をひねり、まだ治療を続けていることなど、ケガとの格闘だ。「この前両足のレントゲンを撮ったんです。そしたら、3ヵ所も披露骨折していたことが分かったんです。今年1月の県強化指定選手・沖縄合宿では足が痛くて練習できませんでした」。常に体と問答しながら取り組んでいかなければならないと思っている。
     ○
 小学校時代「津南小でも足の速さは3、4番程度だった」が、400bリレーで日清カップ全国大会に出場したことが、陸上への道につながった。中学では3年の時に全国大会に出場。しかし「100bで予選落ちし、気落ちして200bは棄権してしまいました」。小学生・日清カップ時代からの指導者が津南中等校の教諭だったことから、迷わず同校に進んだ。しかしその教諭は異動で他校に。あ然とした。
     ○
 テレビで見る世界の短距離選手たち。「体幹がぶれないのがすごい。だから力が外に逃げないんだ。足の接地ひとつ見ても、すべて別次元」。そのトップ選手に少しでも近づくために「集中して一本一本練習していく。特に中等校は練習日が週3日しかないから」。
 連休期間中の5月6〜8日は上中越地区大会、25〜28日は県高校総体が開かれる。迷いの許されないシーズンが始まった。「スポーツ推薦で大学入学するためにも、何としても活躍したい」。動機は少し不純のようだが、それが『優斗の野性味』なのかも知れない。

妻有リポート「賑わい創出、だが疲弊進む商業界」、十日町市本町通り  4月21日号
「政治生命をかけて取り組む」と6年前、関口市長はプロジェクトを打ち上げた。経済産業省から人材を引きだし、2013年6月、国認可を得る。「越後妻有文化ホール・段十ろう」、「分じろう」、「十じろう」、民間主導の産業発信館「いこて」、サービス付高齢者向け住宅「アップルとおかまち」と、次々に拠点施設を事業化し、メインストリート本町通りに「賑わい創出の場」が誕生した。だが創出環境が整う一方で、創業128年の総合衣料・化粧・装飾品の「イチムラ」が今月16日閉店。道路向いの専門店事務局が入るビル1階のブティックが閉店など、中心市街地の「顔」でもある本町通りは、打ち出したプロジェクト事業とは別の表情を見せている。商店街中央部では新たな再開発構想があったが、頓挫するなど、市街地活性化事業による新たな拠点の場が誕生している一方で、伝統ある商店街の中身は、見た目以上に疲弊しており、「死活問題として考えることが必要。可能性を追い求める取り組みこそ、いま必要ではないか」と地元関係者は、本町通り中央部で生活に密着した生鮮食品販売など人の動きを創り出す日常的な商業化事業の必要性を話している。

 今月16日、閉店の午後5時少し前、いつものように「蛍の光」が流れた。だが、これが最後の蛍の光だ。創業明治23年の「イチムラ」、128年の歴史に幕を下ろした。売場フロアーに「長い間ご苦労様でした」とメッセージが添えられた、お客からの花束がいくつも掲げられている。4代目の市村均社長やチーフマネージャーらが最後のお客を送り出すと、シャッターが閉まった。
「中越地震で建物も壊れ、なんとか今までやってきたが、後始末ができるうちに閉めることを決めた」。市村社長は感慨深く話す。店じまいの理由で、最初に出た言葉は「後継者がいない」だった。 
メインストリートの真ん中、本町4丁目は十日町商店街の顔でもある。かつて、道路向かいには「コジマヤ百貨店」があり、本町2丁目に「田倉」があり、「商店街御三家」は十日町の商業界、経済界を引っ張ってきた。
   ▽▽▼
十日町商工会議所が昨年実施した興味深いアンケートがある。いま国でも対策に乗り出す「事業承継」問題。店舗事業をどう引き継ぐかの問題。商議所加盟1247事業所を対象に調査(回答率69%)。「現在の事業を継続するつもりはない26%(225事業所)」という結果が出ている。 
この深刻なデータを裏付けるように、本町通りの商店や事業者は「後継者不足」が深刻度を増している。本町通りではこれまでにAコープ、カバン専門店、書店、飲食店、メガネ店など10店舗余りが姿を消す。今回のイチムラ閉店は、その象徴ともいえる。
 地元は「座して…」いたわけではない。中心市街地活性化事業のプロジェクト構想と平行して専門店街や地元商業者が「とおか市」を創出。スタート時は8店ほどだったが、いまは百店を超える参加で、商店街の定番になっている。さらに中活プロジェクトを民間で進めるため「NPOにぎわい」(関口純夫理事長)を立ち上げ、中活で誕生した賑わい創出拠点施設や空き店舗を活用し、交流事業など精力的に取り組み、「花と緑のキャンパスガーデン」事業は周辺地域を巻き込み、参加数千人規模になっている。
 「分じろう」、「十じろう」など本町通りの拠点施設の誕生は、それまでの人の流れを変えている。特に高校生。両施設の誕生で動線が変り、滞留時間が長くなっているという。だが、周辺商店への波及効果は薄いのが実態。十日町専門店会・飯塚隆行理事長は話す。「イベントなどがあると、そこだけが賑やか。なんとか人の流れを商店街に広げたいのだが…。イベントは夜が多いので、その点も課題になっている」。賑わい創出の環境が、地元商業界と結びついていない実態がある。
 さらに、こんな声もある。「農協のAコープがなくなって、不便になったのと、それまでは午前と夕方、相当数の人の流れがあったが、全くなくなった」。2年前、現在のラポート十日町1階に生鮮食品販売のAコープがあった。だが、JA改革で廃止され、それまで歩いて通った高齢者らは「買物難民」になっている。
本町通り中央部の深刻な実態改善に立ち上がったのが地元商業界。一昨年、JAラポート駐車場を活用し、コンビニエンスストア出店構想に取り組む。隣接の織物会社と連携し、一体を「商業スペース」に再開発する計画を具体化した。「あと一歩のところまで行った」(商業関係者)。だが、用地交渉の最期の段階で「構想は白紙に戻った」。関係者は話す。「本町通りで活用できる最後の場所といってもいい好適地。難しさはあるが、なんとか理解をいただき、日用生活品が求められるコンビニエンスストアなどの商業スペースに活用できればを期待する」。
中心市街地再開発で行政は「賑わい創出」の環境整備を進め、プロジェクト事業により遊休施設が交流拠点に生まれ変わった。「行政ができるハード整備は進めた。今度は地元商業界、市民の取り組み」と関係者は話す。
地元NPOにぎわいの関口純夫理事長は「人口減少は仕方ないが、魅力ある資源は商店街にはあり、とおか市が実証している。やはりお互いの理解とお互いの思いをしっかり共有することが大切」と話す。地元商業界の「本気度」が、ここでも試されている。
            (恩田昌美、村山栄一)

津南町長選・注目の予定者が懇談会スタート、桑原悠氏   4月21日号
 注目の候補予定者が動き出した。津南町長選に出馬を決めている前町議会副議長・桑原悠氏(31)。6月24日投票の町長選で、その座に就けば全国町村長で最年少トップになる。4年前の前回、出馬意欲を見せたが、「もっと勉強と経験が必要」とする周囲の声を受け、4年間待った。今月10日夜、桑原悠氏は町内上郷、加用集落センターで地元の人たちを迎えた。出馬表明後、初めての集落懇談会を開いた。
 夜7時。地元民18人余が2階広間に集まった。用意された机には着かず、自ら住民のそばへ歩み寄り、立ったまま35分ほど出馬への思いや政策の一端を述べた。
 政治への世界は長野新潟県境地震が契機だったと話す。「大学院生だったあの時、被災後、町役場の同年の人と一緒に上郷を回り、被害の大きさを知った」。生まれ、育ててくれた津南町のためにと思いが強まり、その年の町議選に出馬、初当選。「母として、子が大人になった時に、もっといい町にしたいと思い、町長選に挑戦する決意をした」。座談会で配布した資料には『未来をつくる子どもたちのために、いま、立ち上がろう』のメッセージがあり、桑原はるか後援会を『はる会』と表記している。
 市町村合併に加わらず自立を決め15年が経過。「新潟市など県央に行くと、最近津南町の話を聞かないと言われる。農業といえば津南と言われた津南農業。まず稲作、コメ作りを考えたい」と津南米の外国への販売進出を政策に掲げる。
 「大学院の同期や先輩が国の仕事をしている。OECD(経済協力開発機構・加盟35ヵ国)の中産階級は18億人いる。この層への営業戦略はどうか。1`1万円以上など高く購入する層である。国予算に市場調査の補助予算があり、調査やコンサル紹介など助言してくれる。狭まる国内市場から、外国への営業戦略を国予算を取って取り組みたい。農業がしっかりしていれば、この町は滅びない」と国省庁にいる大学院時代の人脈を津南町再生につなげたい意向だ。
 さらに農業分野では、町役場内に農業専門家がいないことを指摘。「生産技術や販売など営農専任の人材を役場組織に配置する。JA津南町や県、普及センターなどと連携し、一体となってリーダーシップを取り、営農全般に目配りしていく」と農業振興に力点を置く。
 政策資料には『希望』『愛』『参加』をキーワードに3分野20項目の政策を掲げる。農業分野では「未整備の水田基盤整備の農家負担ほぼゼロで実施」、観光では「町長直轄部局を創設し、雪国文化・縄文文化を軸に誘客アップ、UIターン促進、企業採用増加」、商工分野は「IT先端技術を支援し、年単位で人材区政、女性・若者の収入アップに」など掲げ、役場組織では商工と観光を分離し、「専任化を進め、両課長が直接産業に直結するシステムにする」。
 地域医療では、介護度1、2の対応として「在宅介護を支援する訪問看護ステーションを24時間体制にし、医療・介護の連携を充実させる。独り暮らしの方々の居場所づくりにも取り組む」。町立津南病院は、存続維持を前提に「医師は自分のキャリアに関心がある。津南病院勤務の魅力的なプログラムを創設する。2、3年勤務後、医師の外国研修ニーズに応えるため、医師の身分保証するプログラムを立ち上げ、若い医師の意欲に応えたい。このサイクルで常勤医師を確保したい」。訪問看護ステーション24時間体制には内科医師1人増員が必要で、医師にとって魅力ある受入れ体制を創設する意向だ。
 子育て支援では、現在の保育園6園を4園、さらに2園にする方針。「課題の未満児受入れや延長保育が実現できる。働く女性たちを支援したい」。さらに子育て仲間の居場所となる「子育てカフェ」開設の意向。教育分野では学力向上にも取り組み、「教員退職や大学生などによる現代版寺子屋塾を開設したい」と話す。
 人口減少が進むなか津南町応援団となる『津南サポーター(第2町民制度)』を導入する方針。「町内の方々は様々なネットワークを持つ人が多く、その方々から津南サポーター登録していただき、将来に渡って津南町とつながる人を増やす」。この取り組みは観光分野に通じ、雪国観光圏が実施した日本版DMO(地域観光推進の法人組織)の、観光協会のあり方と共に津南・栄村版DMOの立ち上げる方針だ。さらに地域文化を産業・経済に結びつけ、「文化が目に見えるモデル集落を作り、観光事業化のモデル事業に取り組む」と秋山郷などの文化資源を産業・経済に繋げたいとする。
 一方で地元産業育成では「東京電力や東北電力、中部電力など設備施設が老朽化している部分は更新するよう要請する。それが地域の産業になる」と、新たな公共事業化を視野に入れている。
 桑原氏は、財源問題などの質問に対し、「国や県の予算の詳細は若手官僚が詳しく、その世代の仲間が私にはいる。国から予算を広く取り、財源が厳しい津南町に役立つ若手官僚を使っていきたいし、彼らも応援してくれる」と国県とのつながりを強調している。

米山知事、突然の辞職、「女性問題」、6月10日投票で知事選  4月21日号
在職1年6ヵ月で米山隆一知事(50)が18日、辞職した。その理由は「女性問題」。金銭が絡む「援助交際」と見られ、県政を混乱させた責任を取る形だが、地域からは「あまりにも情けない辞め方。原発問題はどうなるのか」など、憤慨と落胆が交錯している。辞職に伴う知事選は来月24日告示、6月10日投票の予定が濃厚と見られる。
 米山知事は2016年10月の知事選で、オール野党・市民連合の全面的な支援で、前長岡市長・森民夫氏に勝利し初当選。その大きな勝因の一つが「原発再稼働は福島第1原発事故の検証なくして再稼働はありえない」とする原発に対する明確な姿勢への県民の評価。だが今回の辞職で再稼働論議はの先行きは不透明になっている。特に、再稼働に前向きな政権与党・自民県連の動きが大きな焦点になる。知事候補に誰を押し上げるかだ。すでに県連会長の参院議員・塚田一郎氏の名前が水面下であがるなど、「政権奪還」を強力にめざす構えだ。
 一方の米山県政を実現したオール野党・市民連合は、候補擁立の困難性に直面している。最有力は参院議員・森裕子氏だが、議席を失うリスクが大きく、候補擁立には難航が予想される。
 さらに今度の米山知事辞職は6月24日投票が決まっている津南町長選にも影響する。候補予定者のひとり、元町職員・元町議の半戸哲郎氏は一昨年の知事選で米山十日町選対の事務局を務め、町長選でも米山知事を招く計画が進んでいた。陣営では「影響は大きいが、それはそれ。これまで通りの活動を続ける」としている。

写真・魚沼米生産者大会に出席の米山知事

産地一丸で「特A復活」を、生産者大会開く  4月21日号  
最高評価「特A」の奪還を―。日本穀物検定協会による2017年産米の食味ランキングで、魚沼コシヒカリが最高の「特A」から陥落した事態を受け、魚沼圏域の生産者ら650人余りが参加した魚沼米生産者大会を15日、南魚沼市で開催。産地一丸となって改めて「日本一おいしいコメづくりをめざそう」と気を引き締めた。
 大会は魚沼圏域5市2町のJA関係者らでつくる魚沼米改良協会(谷口熊一会長)と県などが主催。谷口会長は「特Aからの陥落は誠に残念。結果を真摯に受け止め、検証、確認を進めながら最後の乾燥調整まで手を抜かない基本栽培技術の徹底が必要」と呼びかけ、新潟薬科大応用生命科学部の大坪研一教授は『美味しいお米とは』をテーマに「もみ殻などを田に返すことで、稲を丈夫にする成分・ケイ酸を含んだ土づくりができる」と強調した。
 米山隆一知事は「年毎に気候も変化していく。毎年(土壌など)測定しながらきちんとやっていくことが重要。研究調査体制を作り、継続していきたい。しっかり魚沼米のおいしさをPRしていきたい」と話した。一方、大手コメ卸「木徳神糧」(東京)の鎌田慶彦・営業本部米穀事業営業部門長と金子商店の『五ツ星お米マイスター』金子真人社長が「おいしさに変わりはない。そのことを生産者もしっかりアピールしてほしい」と呼びかけた。
 生産者を代表し県農業生産組織連絡協議会の橋陽一副会長(55、十日町市倉俣)は「日本一のブランド米を守り、次の世代に託していく責務がある。産地が一丸となって基本技術を徹底し、さらなる良食味、高品質米の生産をめざす」と大会宣言、採択した。

美人林、残雪と新r緑   4月21日号
○…若葉の芽吹きと残雪のコントラストが一面に広がる。ここは全国的に人気の松之山・美人林。
連日、カメラを抱え盛んにシャッターを切るアマチュアカメラマンの姿が見られている。
 ○…松之山松口の北の丘陵に、樹齢90年ほどのブナ林が広がる。昭和初期、木炭にするため、この辺りのブナはすべて伐採され原野となったが、その後育ったブナは、すらりとした立ち姿が美しいことから「美人林」と呼ばれるようになった。地元の小学生らはゴミ拾い活動など行い、環境保全に務めている。

マンモスも衣替え、なじょもん  4月21日号
 〇…マンモスも衣替えした。津南町なじょもんに設置の『古型マンモス』。杉の葉の毛皮が茶色になると「本物そっくり」と造形が好評。今年もすみれ工房(福原吉重施設長)が新たな杉の葉の毛皮を新調。春に向け衣替えしている。
 〇…中津川沿いの町内穴藤で見つかった古型マンモス臼歯化石。5年前に町文化財に指定。同館に設置のマンモスは、沖ノ原ひまわり広場で毎年行っている「かかしコンテスト」に3年前に出品されたオリジナル作。会期後、できの良さから同館で展示を継続している。杉の葉は町内外丸の町文化財・八本杉から採れたものを使用。神木から作られた毛皮に包まれ、マンモスは今日もどっしり構えている。

妻有リポート「声なきSOS]、親と子、孤立化深める、50代独身男性の自死が語る  4月14日号
 「3月10日に、何か意味があったのだろうか」。50代後半の独身男性が、自ら命を絶ったその日は、一緒に暮らす母親のディサービスの日だった。
認知症が進む父は今年1月、施設に入所。その後は母と子の2人暮し。認知症ぎみの母は息子の死後、施設に入所。父が自分で建て、親子でつつましく暮らしてきた家は、空き家になった。
 高齢の親と、その子。いま、こうした世帯が増えている。それも、病気の親を独身の息子が看るケースが増えている。公的に支える「福祉支援」は、当事者が声を出さない限り分からない。『声なきSOS』が地域にある。

「民生委員がいるではないか」。そんな声が聞こえる。民生委員は行政からの情報を基に、対象世帯を訪問、見守る活動だ。地域の暮しの中から出る「情報」を察知することもあるが、「受け持ち地域の対象世帯」を回るので精一杯の状態。「近所付き合いが少なくなっているので、情報も少ない」、これが現実だ。
男性のように、高齢で病気の親を息子が世話する場合、外からは「息子がしっかり親の世話をしている」と映り、現場が声を上げない限り、その内情は分からない。
 「お茶飲みに行き来し、近所付き合いがあると家庭の状態も分かり、情報も入るが、今は近所付き合いは少なく、地域の行事にも顔を出さないと、全くと言っていいほど分からない」。民生委員のひとりは話す。男性は地域行事にほとんど参加しなかったようだ。

 亡くなった男性の部屋には10数本のギターがあった。世界的な名器『マーチンD45』もその一つ。1本のギターで車が買える逸品もの。部屋のギターはすべてマーチンだったという。
男性には、ギター談義できる友がいた。「ギター弾きというよりコレクターだった。年代ものやオリジナル性が高いものを求めていたようだ。マーチン・コレクターだった」。勤務時代にコツコツとギターを集めたようだ。
だが、親の介護で生活は一変。「親の世話で会社を辞め、両親の世話が彼の仕事になっていたようだ。きっと生活はギリギリだったのではないだろうか」。そんな生活の中、ギターが唯一の安らぎだったのか。
 3月10日。「なぜ、と思うが、あの日、3月10日は土曜日。母親のディサービスの日だった。自分の部屋で亡くなっているのを見つけたのは、母親を送り届けた施設の職員だったと聞いている。母親だけだったら、数日間、誰も分からなかったかもしれない。だから、土曜日だったのでは」。真相は分からない。

 地域の福祉行政は、高齢者世帯・独り暮らし世帯・母子父子世帯・生活保護世帯など、公的な支えを必要とする世帯は把握している。その情報を基に、保健師や民生児童委員、福祉施設職員などが見守り・相談・対応などに取り組んでいる。
 高齢化は、年齢的な高齢化の一方で、妻有地域では特有の現象が進む。「未婚率」の上昇。40代男性33%、女性14%(十日町市データ)、50代もこの数字が推移する。年々あがる未婚率。増える親と子の世帯。内実は未婚の「息子・娘」と親。男性の場合、認知症の両親だった。仕事を辞め、親の世話をしていた。
 経験多い民生委員のひとりは話す。「そういう世帯が増えているとは聞いている。孤立させないように、小さな情報でも逃さず訪問できればしている。だが内情が分からないのが実態。元気なうちはいいが親が病気になり、子がその世話をするようになると、一生懸命な子ほど孤立化し、行き詰ってしまう」。
日頃から近所同士の声掛けが大切というが…。
「声なきSOS」がある。
              (恩田昌美)

東京五輪聖火台、「今秋、動きが」、関口市長が示唆  4月14日号
 2年後に迫る2020東京五輪。世界が注目するオリンピック開会式の聖火台に「縄文・火焔型土器」の起用運動に全国の縄文国宝所有自治体などと取り組む十日町市。10日の定例会見で関口市長は「微妙な段階にあるが、やるべき事はすべてやっている。今秋、何かの動きがあるのでは」と、開会式の演出者の決定が一つの契機になると見ており、今秋には具体化することを示唆した。
 「縄文火焔型土器を聖火台に」運動は、新潟県内の信濃川火焔街道連携協議会(会長・小林達雄國學院名誉教授)や縄文国宝を持つ長野・茅野市、山形・舟形町、青森・八戸市、北海道・函館市などと連携し、五輪組織委員会や文科省に直接要請している。
 会見で関口市長は「「微妙な段階だ。2年後に迫り、どのような形になるにせよ、聖火台製作の発注までに時間が余りない。五輪の開会式・閉会式、パラリンピックの開会式・閉会式。そのイベント演出は決まっている。今後開会式の演出を誰が担うか決まるが、その方の意向が大きいと見ている」と、演出担当者が大きな要素になるという。
さらに「10月から日仏160周年イベントがあり、十日町市の国宝縄文5番と王冠型16番を出展する。縄文展には国宝6点がすべて揃う。縄文文化アピールに連携して取り組む。インパクトの大きな展示であり発信となる」。また、「秋過ぎに色々なことが固まってくるのではないか」と、今秋に動きがあると示唆している。

県立津南中等校、実績上げるが周辺教育環境の変化で苦戦続く  4月14日号
 開校13年の県立津南中等教育学校(渡邊治夫校長)。今期の13期生は45人が入学。入試時の倍率も0・58と過去最低。進む少子化、県立十日町高のアドバンストクラス新設、十日町市の小中一貫校化、通学の困難性から南魚沼市や魚沼市の入学人数の減少などが絡んでいる。一方で、旧帝大系を含む国公立大に数多い合格者を出し、今年3月の卒業生70人のうち8割が4年生大学に進学するなど高い進学率を維持。3年連続で定員割れが続くなか、渡邊校長は「厳しい状況は続くが来年度は正念場。6年間の中高一貫教育の魅力を伝えられるよう努力したい」と魚沼エリアの小学校で行う説明会などに力を入れていく方針。『夢の実現』を掲げる津南中等校のあり方が改めて問われている。

 県内4校目の公立中高一貫校として06年(平成18年)に開校。4学年(高校1年)時の海外ホームスティを始め英語教育に力を入れるなど、独自のカリキュラムで国公立大始め4年制大学への進学率の高さに魚沼エリアでの関心が上昇。最も志願者が多かったのは11年の104人(倍率1・28)。広域化も進み14、15年は妻有地域始め魚沼エリア、小千谷市、長野・栄村など最多の30校から生徒が集まった。だが16年から定員割れが続き、広域からの志願者が減少傾向にある。
 特に顕著なのは南魚沼・魚沼市からの生徒数の減少。14年の16人をピークに、以後は半数の8人以下に留まる。15年から魚沼エリアの生徒保護者会が独自手配していた送迎バスが、国指針により運転手の賃金が上昇、運行を断念した経緯が背景にある。魚沼エリアからは現在、在来線や路線バスを乗り継ぎ2時間余かけ通学する必要があり、志願者減の一因となっている。
 さらに毎年、生徒の約半数を占める十日町市からの入学者が減少傾向。十日町市の小中一貫教育の推進、さらに県立十日町高が2年前から国公立大学志望者向けに特別編成する『アドバンストクラス』の新設とその期待感があり、志願者が減ったとみられる。十日町高は同クラス新設後、17年は12年ぶりに倍率1倍を超え1・03倍、18年も1・03倍となり、地域の期待感を象徴している。津南中等への十日町市からの入学者は今期23人(前年38人)と大幅に減少、影響が出ている。           
     〇
 昨春に赴任、第5代津南中等校長の渡邊校長(56)。志願者数減少は「地域全体の少子化もあり状況は厳しく、通学の不便性は大きなネックとなっている。だが交通利便性をすぐに高めるのは難しい」。3年連続の定員割れを受け「さらに志願者が減り入学者が30人程度となると1クラス化の話も出てくる。来年は正念場。6年間の中高一貫教育の魅力を各校に伝えられるよう取り組むしかない」と各小学校説明会などPR強化を検討。
 一方で中高一貫校の利点を「高校入試がなく、6年間連続した学習ができるのが一番大きい点。長期的な視点で生徒の特性をしっかり把握した学習指導ができるのが強み」とする。英語教育に力を入れる同校。3年後、センター試験が廃止となり新たに『大学入学共通テスト』と変わる方針が出されるなか、英語はこれまでの読み書き・リスニングに加え、スピーキングが加わり、TOEICや英検などの外部検定試験の結果も加味される見通しが出ている。「今の4学年が新たな入試制度を受けることになる。本校では英語は6年間の継続した学習、特色である海外での語学研修などを通し、スピーキングにも対応しやすい。実際、生徒には毎年英検2級や準一級合格者が出ている」と、大学入試変更後も即対応できる教育環境にあることを話している。
東京大や京都大など超難関校の合格者も出している津南中等校。近年は医師など医療系の大学に進む生徒も増えており、医師不足に苦しむ妻有地域の希望にもなっている現状。今期は津南中等校の魅力が、改めて問われる1年となる。

13期生45人 広域20校から 津南中等校入学状況
津南中等校の入学式は5日開催。広域20校(前年24校)から13期生45人が入学。今期は全校387人となる。入学状況は十日町市23人(構成比51%、前年53%)、津南町14人(同31%、同33%)、南魚沼市6人(同13%、同8%)。小千谷市からも2人入学。栄村の新入生はなかった。
 出身校状況は次の通り。
【十日町市23人】田沢6、水沢3、西2、十日町2、川治1、中条1、馬場1、飛渡第一1、松之山1、千手1、立花1【津南町14人】津南7、上郷5、芦ヶ崎2【南魚沼市6人】塩沢2、六日町2、北辰2【小千谷市2人】小千谷1、東小千谷1

魚沼米、生産地から情報発信を、首都圏の米屋提言  4月14日号
 日本穀物検査協会「食味ランニング」で『特A落ち』した魚沼コシヒカリの検討対策に新潟県主導で取り組み、3回目の魚沼米対策検討会議を9日、魚沼市のJA魚沼みなみで開いた。前回の新潟薬科大・大坪教授の専門分析を受け、今回は関東のコメ販売、金子商店(金子真人社長)を講師に、消費者の「特A落ち」の受けとめや今後の課題や提言を受けた。金子社長は「特A落ち後、消費者は敏感に反応し、同じ新潟県産コシヒカリに動いた。前年産魚沼米と変わらない食味だが、消費者は情報に大きく影響される」と、生産現場からの的確な情報発信の必要性を強調した。
 対策会議には魚沼米産地の5市2町の関係団体、集荷業者、生産者ら30人余が参加。特A落ちの主因が不明のなか、県は「土づくり」「適期の田植え」「適期の収穫」などコメ作り基本の徹底を促している。具体策ではモミ殻使用で「ケイ酸」導入を進め、耕深15aを維持、田植えは5月中旬、大規模受託で作業工程遅れ対応など情報提供する方針。さらに精粒「1・9_」網目を導入し、大粒で精粒率を高める取り組みを普及させる。
 消費者対応で金子社長は、自社独自の食味測定データを示し、「消費者のトップブランド魚沼米への信頼度は高い。それを裏切ってはならない。ランク落ちに消費者はショックを抱き、すぐに反応した。だが食味は前年産と変わらず、当社で毎日炊飯し29年産魚沼米を消費者に試食してもらっている。多くが、うまい、前と変わらないという反応。実際に前年米と変わらない。ならば生産現場からもっと的確な情報を発信すべきだろう。それが不足している」と指摘。トップブランド米維持には「どんな環境で生産されているのか分かる地域の自然環境などが見て分かるリーフレットを作り、コメと共に発信してほしい」と課題を述べている。
 同対策会議では、内部組織として情報発信部会を立ち上げ、積極的な情報発信の取り組みを決め具体的に活動する方針だ。

トンガの子たちに「そろばん」送る活動の輪広がる  4月14日号
 「ソロバンをトンガの子どもたちに送って下さい」。京都市に本部がある全国珠算教育連盟(平神一孝理事長・全珠連)がソロバン54丁を寄贈し7日、全珠連新潟県支部の仲村昌夫支部長が下条公民館を訪れ手渡した。
 ソロバンを小学生の算数授業に取り入れている、南太平洋のトンガ王国を2月、同国最大級の暴風雨・サイクロンが襲った。学校も被害受けソロバンも破損。青年海外協力隊員として昨年10月から同国でソロバン指導をしている村山茜さん(25)が、出身地の下条地区振興会(村山薫会長)に応援を求め、同会ではソロバン受付を始めていた。
 川西伊勢平治の全珠連・羽鳥達人副支部長が地元新聞の報道でそれを知り、仲村支部長に協力を依頼。県支部で動くと時間がかかることから本部に相談すると、平神理事長が「今あるだけのソロバンを出そう」と県支部に送ったもの。
 仲村支部長は「日本では珠算人口が減っているが、海外で珠算の価値が見直されている。トンガは親日の国で珠算を学ぶ留学生が来ており、海外で珠算を指導する茜さんをうれしく思う。是非お会いしたい。このソロバンを役立ててほしい」、母の村山弘子さん(58)は「ちょっとした呼びかけが大きく広がり、本当にありがたいです。トンガの子は一生懸命練習してほしい」と話した。
 村山会長は「全珠連を含め幅広い支援に感謝します。地区の若い人が世界に挑戦する姿は嬉しい限り。活躍をバックアップしたい」と語った。
 同振興会では5月末日までソロバン寄贈を受け付ける。持ち込みは市内の各公民館まで。

キラリ看板娘 石田 茜さん(宮内測量事務所) 
 ○…測量や土木設計などに関係する書類作成などの仕事に取り組んで7年目。すっかり板についてきたが「やはり数字を間違えないようにすることが一番。気を遣います」。今月6〜8日には写真旅行で九州へ。「湯布院などいろんな所に行きましたが、長崎のハウステンボスが一番楽しかったです」。英気を養って、再び仕事に力を入れている。「会社では若い力を求めています。ぜひ来て下さい」。
 ○…人気音楽デュオ・コブクロのファン。3年ほど前からはライブにも駆けつける。今年も九州・福岡や大阪、埼玉などのライブに行く予定だ。「歌もいいし、トークも面白いんです。あの感動はテレビでは味わえないです」。そろそろいい人を、と周りから声も。「自分を引っ張っていってくれる、面白い人がいいですが、気が合う人なら見た目はそんなに…」。
(宮内測量設計事務所)

人気のマンホールカード、十日町市が4月28日から配布、まつだい駅前案内所で  4月14日号
 「マンホーラー」などと形容されるオリジナル性が高いマンホールのデザインを載せた『マンホールカード』が全国的な人気だ。全国で301団体、342種のカードが発行され、コレクターが急増している。十日町市は、ほくほく線まつだい駅周辺のマンホールデザインを掲載したカードの配布を始める。配布場所はまつだい駅隣接の「道の駅まつだい・ふるさと会館」1回の松代・松之山温泉観光案内所で、今月28日から1人1枚を配布する。
 配布するカードのデザインは、合併前の旧松代町時代に作成した「松代城」をカラーデザインしたもの。松代城は上杉謙信・春日山城への狼煙場となっていた歴史的な城。勇壮な城と雪ツバキがデザインされている。
 なお、新潟県内ではこれまで8団体、11種類のマンホールカードが作成されている。

新入学、「待ってたよ」、ワクワクの新生活スタート  4月14日号
よ―。春の入学シーズン。ピカピカのランドセルを背負い、新入学生の登校が始まった。津南町の新入学児童は津南小42人、上郷小10人、芦ヶ崎小7人の計59人。津南中は54人。栄村の栄小は8人、栄中は4人が入学している。
 〇…上郷小(宇賀田和雄校長)では、スーツ姿やおめかしした衣服に身を包んだ新入生10人が、5・6年生に手を引かれ入場。大きな拍手に包まれながらレッドカーペットを歩いた。今春、県立近代美術館から赴任の宇賀田校長は「自分でできることを増やす、友だちと仲良くする、ケガや事故に気を付ける。この3つをお願いします」と呼びかけ。在校生代表の6年・高波葉奈さんは「上郷小の良い所は全員仲が良いこと。楽しい1年間を過ごしましょう」と新入生を歓迎。今期は全校40人で過ごす。

妻有アスリート・武田玲南選手(中条中学ー長岡商高) 全国めざす
「遊びたいし、もうきつい練習は嫌だな」。多感な中学、高校時代。中学卒業を期に「帰宅部」を選ぼうと思ったこともある。しかし、家族や誘ってくれた高校指導者などの思いなどが交錯し、再び陸上への道を選んだ。まずは県ナンバー1、その次は、もちろん全国が見えてくる。砲丸投げで中学、高校と全国を制し、日大に進んで東京五輪をめざす先輩・阿部敏明選手の後を、今度は女子選手として追う。
     ○
 小学4年の時、中学校のバレーボール部の夜練習に週2回通い始めたのがスポーツとの縁。しかし、中学ではバレー部でなく、1級上の姉の後について陸上部に入った。しかし走るのは苦手で必然的に投てき競技に。初めて重い砲丸を持った。
 同校陸上部には、阿部選手を育てた外部コーチもいた。種目は砲丸投げと円盤投げ。コーチから言われた言葉は「うーん、全国に行けるかな?」。微妙な反応。練習は楽しかったが、春の花粉症や貧血、そして大会前になると、どういうわけかケガをした。中2の春には柱に足をぶつけ、左足薬指を骨折したことも。痛い足を引きずり、花粉症による「風邪状態」で大会に臨んだこともある。当然のように記録はもう一歩伸びなかった。
 しかし、それでも中3では常に県2位はキープした。砲丸の自己記録は12b50。北信越2位の成績もある。円盤投げは夏のジュニアオリンピック突破会で自己新の29b56を投げて県トップに立った。しかし、本番のジュニオリでは寒さで記録が伸びず、20番台に終わった。悔しかった。
    ○
 今春からは砲丸投げの阿部敏明、直輝兄弟が進んだ長岡商に通う。同校にはハンマー投げ国内トップクラスの教諭が指導している。武田選手自身も、自身の体格などから今後はハンマー投げを中心にチャレンジしていく。目標は、もちろんインターハイ、そして国体出場だ。それも中学時代に残してきた上位をめざす。
 ふだんはゲームやアニメキャラクターなど描くのを楽しんでるというお茶目な一面も。そんな「武田キャラ」だからこそ、日々の練習を糧にしていけるのかも知れない
 

松之山の教育環境に魅力、上越から親子移住  4月7日号
 「松之山の自然、まつのやま学園のふるさと教育に大きな魅力を感じています」。昨春、小中一貫教育校として新たなスタートをきった十日町市立「まつのやま学園」。小学1年から英語教育に取り組み、ふるさと教育は1年間、地元に密着した活動を行う。その魅力を感じた豊岡英理子さん(39)。娘の新入学を機に上越市から松之山に移り住む。来週9日が入学式。神奈川・湘南生まれの新1年生の優波(ゆうは)さんと、新たな生活をスタートする。

 大学院教授や医師、外国駐在の商社マン、あるいは初めて外国旅行する英会話初心者のための短期レッスンなど、インターネットを使った『オンライン英語コーチング』を自宅で行う豊岡さん。現在、国内外の10人ほどが受講している。
 英語との出会いは神戸の中学時代。アメリカ人の英語教諭との交流から。「映画や音楽などを通じて英語への関心が高まり、外国の友だちもでき、自然に英語が身についた感じです」。28歳の時、オーストラリアに2年間滞在し、チャイルド教育・バイリンガル教育・情操教育など教育活動に関わった経験もある。
 上越市の前は神奈川でアメリカ人の音楽療法士の通訳などと共に「リズムセラピー」活動に関わる。この間に松之山を知る。「キョロロはとっても興味深く、魅力的な所ですね。上越で知り合った松之山のママ友からも松之山の素晴らしさを聞き、娘が小学校に入るのを機に移住を決めました」。
 上越では大島区にあるリズムセラピー研究所・奥寂庵をサポートする研究員として活動する一方、昨年春からはインターネットでの英語コーチングにも取り組み、英会話講師は12年になる。
 「まつのやま学園では1年生から英語の授業に取り組むと聞き、娘もキョロロが気に入っていたので、それなら新入学に合わせてと考えました。まつのやま学園のふるさと教育も魅力で、なによりこの自然の豊かさですね。こうした環境で娘に育ってほしいです」。体験入学を通じて友だちやママ友もできた。9日の入学式では、9人の新入学のひとりとして優波さんは新たな学校生活をスタートする。「学年が違う子たちと、異年齢の交流ができることもいいですね。良き刺激になるはずです」。
 英語を通じた地域協力も考えている。「英語教育に取り組むまつのやま学園と聞きます。何かボランティアで協力できればと考えます。地元の皆さんも温かく、これからの松之山生活が楽しみです」。今夏の大地の芸術祭も期待している。
    〇〇
 英語コーチングはいつでも受付けている。インターネット指導のため、居ながらにして学べるため国内外の受講者がある。
アドレスはhttp://ameblo.jp/english-coach-ellie/                           

津南町長選、予定者懇談会始まる、今回は半戸哲郎氏  4月7日号
 津南町長選に出馬を予定する新人の地域懇談会が始まっている。いち早く出馬表明した高橋真二氏(57・前塩沢信用組合監査室長)は先月28日の秋山郷・大赤沢をはじめ6日までに6地区で「座談会」を開いている。一方、三度目の挑戦になる半戸哲郎氏(67・元町議、元町職員)は3日、第1回の「語る会」を割野地区で開き、来週以降、本格かする方針。先月29日に町議辞職した桑原悠氏(31・前副議長)は来週から懇談会を開いていく方針だ。早い雪消えで農作業が早まり、予定者3人の後援会では、田植え前までを一つのピークとして懇談会などの活動に取り組む方針だ。妻有新聞社では、予定者の地区懇談会などを報道していく。本号では半戸氏の懇談会を取り上げる。
 
 割野公民館2階大広間で開いた後援会(涌井益夫会長)の半戸氏と語る会。住民15人余が参加。選対幹事長の滝沢元一郎氏の進行で進めた。選対本部長の大平謙一町議は「津南町は課題、問題が山積し、本当に力のある町長が町を引っ張らないと大変なことになる」と町職員、町議経験の半戸氏を推した。
 8年前の三つ巴戦の前々回3250票(得票率41・73%)、4年前の現職との一騎打ちの前回3011票(同43・89%)の半戸氏。「三回目の挑戦。4年前、現職の上村町長と戦った。街頭演説で高齢者の方々が手を握り、目を見て、頼むよと手を放さなかった人がたくさんいた。再度挑戦し、皆さんが心の中で思われている事を、私に託して頂きたい」と再挑戦の決意を語った。
 『住み続けたい』『住んで良かった』といえる津南町、がメインタイトルの政策資料を用意し、主要政策のさらに詳しく述べた。その一つは町立津南病院の今後。現町政がまとめた経営改善計画は「良いところは実現し、改善すべきは見直していく」と話す。
 「安心と命を守る町立津南病院は存続していく。魚沼基幹病院、県立十日町病院など地域医療機関との連携が必要で、急性期が高度医療の病院で、慢性期や終末ケアは地元病院でという役割分担が求められる」、さらに「整形外科の常勤医師を確保したい。整形外科はこの地域にとって必要不可欠の診療科。先日、米山知事を囲む会に参加し、米山知事に県から津南病院への医師派遣を直接要請してきた」と話す。
 医療スタッフ確保は「看護師確保は、現在の奨学金制度は評価できる。看護師も高度医療研修を機会が必要。町としてそうした研修を受けられる医療職研修システムを設置していく」と政策を述べる。病院経営の赤字対策では、「国からの交付金が約1・8億円入るなか、町財政支援は2億円内で押さえれば、病院経営は維持できると見ている」などと方針を話す。
 妻有圏域になくなった「療養病棟」の確保も政策にあげる。「医療療養病棟は津南病院に確保する。介護療養病棟は国は廃止の方向。在宅介護・在宅医療と平行し、療養病棟は地域の環境を考えると必要だ」と話す。
 さらに、今年度初めて「保育園待機児童」が発生した問題について、「これは人口問題に直結する。若い世代の子育て支援が急務だ。国は保育料無料化の方針を示すが、それまでできる限りの軽減策に取り組む。母子手帳の交付を受けてから、出産、社会復帰など一貫した支援を行い、不安のない子育て支援を政策的に進める」と方針を示す。
 関心が集まるニュー・グリーンピア津南は「資本力がある民間資本による経営がよい。行政の保養所として活用したいという話もあるが、民間資本で引き受けてもいいという所もある」と話す。
 半戸氏の基本姿勢は「顔の見える町政を進める。トップと町職員が一緒に町民の声を直接聞きなが町政を進める」。主要政策は津南病院・農業・介護福祉・産業・観光交流、子育て・教育など6項目を掲げる。語る会では要点を説明し、多くの時間を参加者とフリーテーマでの懇談会にしている。今週から来週は上郷地域での語る会を計画している。

妻有雪国今昔物語「イッチョマエ」  4月7日号
 「イッチョマエ」とは一丁前、一人前のこと。かつての共同体的色彩の強かったムラ社会では、ムラ人として一人前の働きが出来ない場合は不義理とされていたから、これを均等化するために、イッチョマエという基準が重んじられた。
 イッチョマエは自分勝手に決められるものではなく、ムラ社会には不文律ではあるが、認定基準みたいなものがあった。 
一つは年齢的基準で、現在の二十歳で成人式というようなもの。以前は十五歳で若者組に加入したことによって認められることが多かった。いま一つは、一定の仕事量をこなすことが出来るようになった者ということであり、次のような例がある。
 十日町市の川西地区では、田打ちや田こなしが一日五反五畝以上。稲刈りが三五〇把、生稲背負いが四〇把。縄ないが三三〇尋、わらじを一〇足、米搗きを二俵、米担ぎ一俵などのノルマが基準となっていた。
 ところでこの働労力基準の範ちゅうに入るのかもしれないが、特殊とも言える基準が妻有地域で見られた。「江戸行き」という習慣で、大正の頃までよく見られた。
 秋、それも農繁期の最中、十五、六歳の若者たちが数人して、夜中にこっそりとムラを抜け出し、一冬、東京で出稼ぎをし、翌春四月の節句頃にみんなで戻って来るのである。 
夜逃げ同様にして出掛けたのだが、帰ってくると親戚、仲間たちを招いて「江戸行き振舞」を行うと、その席でみんなから「これでお前もイッチョマエになったな」と言われ、扱われるようになるのである。
 それにしても妻有地域では、こうした習俗とはかかわりないにしても、昭和五十年頃までは冬期間の出稼ぎが多かった。

写真・文 駒形さとし氏

「サンヨ、サンヨ」、春を呼ぶ多聞天大祭、津南町  4月7日号
 〇…子どもたちの『サンヨ』の声が晴天の津南の空に響き、春の訪れを告げた。陣場下多聞天押合大祭は3日行い、雪壁に囲まれた特設ステージで子どもたち60人余が参集。『サンヨ』(撒与)と両手を上げ叫びながら、ご利益ある150枚の木札を取り合った。
 〇…国指定無形文化財の指定も受ける、南魚沼・浦佐毘沙門堂の唯一の分院として昭和9年に開山。戦中戦後の一時期を除き、押合大祭を継続。現在は小学校低学年と高学年の2部制で実施。地区役員が「まくぞ」と声かけし、子どもたちが「サンヨ」と大声で返す伝統神事は、念願の春の訪れを告げる津南風物詩となっている。

シネパラのピアノ、小嶋屋でよみがえる  4月7日号
 シネパラのピアノを―。先月11日に閉館した映画館・十日町シネマパラダイスのピアノを活かしてほしいと、シネパラ存続を願う有志の会(庭野三省代表)が奔走。越後十日町小嶋屋・和亭が移転先に決まり先月30日、同店に運び込んで設置した。
 同館は、1日までに家主に引き渡さなくてはならず、ピアノはそのままでは「ゴミ」として破棄されるところだった。引き取り先が見つからず、有志の会メンバーの藤田求さんが、ピアニストの田口好世さんに相談。田口さんが、親交がある小嶋屋の小林房子女将に依頼したところ引き受けることになったもの。
 藤田さんは「時間がなくて慌てたが、ピアノはよい所に設置できた。映写機も残っており、行政などとも相談し、上映の道筋を探って映画の灯を繋いでいきたい」、小林女将は「子どもたちを含め、気軽に触れてもらうピアノにしたい。地元の皆さんにかわいがってもらえるよう、店内でミニライブが

現代版・弥次喜多珍道中、十日町の井口さん・水落さん、九州一周  4月7日号
 これぞ現代版・野次喜多道中―。軽自動車に寝泊りしながら2月28日から27日間に渡って「九州一周ぶらり旅」を行った水落昭作さん(84、西本町1)と井口澄夫さん(80、伊達)のふたりが『無事生還』。1日、エイプリルフールに合わせるかのように市民交流センター・分じろうで報告会を行った。会場に集まった友人ら20人余りを前に、「コンビニなど入ると方向を間違え、気が付くと来た道を走っていた」など、戦前の人気コメディ映画を地で行くような珍道中話を披露した。
 40代の頃、バイク好きが縁で友だちになったというふたり。水落さんが中古の軽ワゴン車を購入したことを契機に、九州一周の旅を計画。わずか1ヵ月で行動に移した。後部座席を倒して畳と発泡スチロールを敷き、ダウンの敷布団も並べ寝床に。「調べると、どこにでも道の駅があった。そこで泊れたし、食べるものも用意できた。3日に一度は温泉のある道の駅を探し、温泉にも入った」と話しながら観光地巡りなど報告。鹿児島からはトカラ列島まで足を伸ばした。
 大分県の青の洞門では「後ろから観光バスにあおられて車を止めることができず、肝心な所を見られなかった」などとバタバタぶり。佐賀・吉野ヶ里遺跡では「井口さんは建物の内部まで見に行ったが、こっちはそんなに細かい所まで関心があるわけじゃないし、足腰が悪いから行かなかったんだ。そしたらはぐれて分からなくなった」と水落さん。井口さんは「水落さんは早く寝てしまうので、夜が長くて大変だった」などと体験談を披露すると、会場は笑いの渦に。寝床は狭いので、目が覚めると相手の顔が目の前だったという。
 走行距離は約5030`、温泉旅館にも一泊したが費用はガソリン代や食費などすべて含め1人12万円余り。病気せず、無事故無違反で3月26日に帰宅した。帰りがけ、水落さんが「いくつになっても、家に帰る時はいいもんだなぁ」とポツンと話すと、井口さんも妙に納得したという。

写真・長崎グラバー園で、現地の案内女性と井口さん

春木山、妻有で再現、なじょもん  3月31日号
 〇…春木山に挑戦―。地域のベテランを先生に、雪国の知恵や暮らしを学ぶ活動を進めているN37度プロジェクト(雪国観光圏ブランドマネージャー・フジノケン氏主宰)。28日は昨秋に刈った木材を機械ゾリや山ゾリで雪原を運ぶ「春木山」を実践。宮澤幸一さん(85、卯之木)の指導を受けながら行い、「思ったより楽に運べる」と参加者は驚いていた。
 〇…雪が春先まで残る豪雪地ならではの技術である春木山。「雪原があるからこそ、ソリを使って重たい荷物を運べる。昔の人は良く考えたよな」と宮澤さん。今回使った機械ゾリは、50年以上前から使っているもの。「昔は雪が残る春のうちに、農協の倉庫から津南駅に重い米俵を機械ゾリで運んで出荷したんだ。日当が出るから機械ゾリを『駄賃ゾリ』とも言ったんだよ」と昔語り。同プロジェクトでは今後も雪国の知恵を学ぶ体験会を継続する予定だ。

よしもとブランド、全国展開へ、津南町「ごはん」  3月31日号
 芸人興業から芸人養成スクール、地域活動支援、さらに食品部門まで多角的に事業展開する「吉本興業・よしもとクリエイティブ・エージェンシー」の系列企業「シュフラン」が4年前から開く食品コンテスト『よしもとシュフラン2018』で津南町の米生産・加工販売「ごはん」(大島知美社長)出品の「パン」「有機栽培米」胚芽糠使用の「ブランパン」「ブランクッキー」の4品が金賞を受賞。同社は「ブランクッキー」をシュフラン登録し、4月から新宿ルミネ、南波花月など全国のよしもと系列店、首都圏の高級スーパー紀伊国屋などで販売が始まる。大島社長は「先ずはクッキーで市場評価を見てみたい。その後、他の製品の営業展開を考える」としている。よしもとシュフラン製菓部門での金賞は県内で同社だけだ。
 「ごはん」の「ブランクッキー」は外国では当たり前になっているグルテンフリー、アレルギー対応食品で、豊富な繊維質と栄養価が高い胚芽糠と米粉を原料に焼き上げた逸品。さらに届出により『栄養機能食品』となる。よしもとシュフランは、毎年開催し、全国から出品の製品を専門審査員30人ほどが厳正に審査。金賞受賞の製品は認定シール「よしもと」が付与され、商品に張ることができる。よしもと関連のイベントや系列店に出品され、よしもとブランドとして販売。1万人モニタ―による商品調査も行われる。よしもとシールは、他店出品に使われ、ごはんでは、首都圏に展開する紀伊国屋、ドンキホーテ特設コーナー、ピーコックなどでも販売展開する。
 ごはんの米加工食品の展開は、米粉パンでも実績をあげ、グルテンフリー、アレルギー対応の『ブランパン』は、今年からオーストラリアでも販売されることが決まっている。大島社長は「グルテンフリー、アレルギー対応は外国では当たり前。ようやく国内でも食品の常識になってきている」と国内外での情報収集を営業活動に結びつける。さらに米の有機栽培30年以上の実績から「米の価値を高めるにも加工分野の取り組みが重要。米糠は玄米の3倍の繊維質、営養価があり、有機栽培米の胚芽糠の活用は、新たな事業展開につながっている」と話す。 
 ごはんは、パッケージデザイン、製品製造、商品化などすべて津南町内の人材や団体を起用し、地域経済の波及効果を生み出している。

桑原悠副議長、議員辞職、町長選へ  3月31日号
6月24日投票の津南町長選に出馬を決めている町議会・桑原悠副議長は29日、議員辞職届を草津進議長に提出し受理され同日、議員辞職した。同日は町臨時議会が開かれ、議会閉会後すぐに桑原副議長は提出した。
 議員辞職した桑原氏は25歳の被選挙権を得た2ヵ月後の町議選に出馬しトップ当選。一昨年の町議選でも連続トップ当選し今議会で副議長に就いている。辞表提出後、取材に応じた桑原氏は6年5ヵ月の議員活動を振り返り、「議員活動を通じ地域の多くの皆さんに育てて頂いた。この6年間にも町民の皆さんの価値観の変化や社会情勢の変化があり、津南町の変わりようが分かった」とする。さらに「町政を一番身近で見てきたなかで、津南町が抱える課題などがよく見え、分かった。これをこれからの活動に役立てていきたい」と話した。
 町長選に向けた取り組みは本格し、町議時の政治団体・後援会を主体に取り組み、事務所は自宅脇に設置。来月から地区懇談会などを予定し、本格活動に入る予定だ。
 桑原氏の銀辞職で今度の町長選で町議補選も同時選を行う。後任の副議長は来月5日の臨時議会で選出する予定だ。

署名活動広がる、中条第2病院問題   3月31日号
 県内で数少ない精神科病棟がある厚生連・中条第2病院や系列の老健きたはらの存続を求める署名の輪が広がっている。住民グループ「地域医療を守る住民の会」は今月9日、一次署名集計分の1万6648人の署名を関口十日町市長に提出。一次署名は地元の十日町市中心だったが、さらに「地域の安心のために存続を」と津南町や栄村、魚沼エリアまで署名活動の輪を広げている。二次署名は5月末まで行い、6月県議会開会前に米山県知事と厚生連に提出する方針だ。
 国の特別交付税の制度改正で運営補助が減額、経営の厳しさが増し、全面改築延伸・歯科廃止・系列の老健きたはら移管など厚生連は経営改善策として提示。信濃川筋の医療機関では病床数減少などで住民不安が高まっているなか、住民有志が立ち上がり署名活動を1月28日から開始。40日間で1万7千人余の署名が集まり、住民の医療不安が増している現実を突きつけている。25日は津南町正面のハートピア前で署名を呼びかけ。代表世話人のひとり、大嶋育未さん(32、中条)は「思った以上に署名は集まっています。それだけ中条第2病院が必要とされている証です」と、さらなる署名の輪の広がりに取り組む。
同会への問合せはрO50‐3569‐1505。

除雪車寄贈で国際交流、十日町市とモンゴル・エルデネット市   3月31日号
 ◎…昨冬まで活躍していたロータリー除雪車がアジア大陸のモンゴル・エルデネット市に贈られた。26日に同市代理人に引き渡され、近く船で中国へ輸送し陸路でモンゴルまで運送する。除雪車寄贈が縁で両市の友好交流締結の可能性が高まっている。今夏には昨年設立のエルデネット友好交流協会・滝沢信一会長と関口市長らが同市訪問する予定。除雪車が友好交流の橋渡しになった。
 ◎…モンゴル第3の市のエルデネット市は人口約8万人で鉱物資源に恵まれ世界4位の銅山がある。16歳〜35歳人口が40%を占める若い国。カシミヤ産地で高級カーペットはモンゴルを代表する工芸品。2000年から友好交流締結を進めアメリカ、ハンガリー、トルコなどの市と提携している。26日来市のエルデネット市代理者、セレンドルゴル氏によると冬の積雪は140aほど。だが気温はマイナス20度、30度まで下がり日中平均も10度以下。重機タイプの除雪機はなく、手作業が多いという。
◎…昨年11月、同市バトルット・ダンバ市長が来市時、産業フェアで展示のロータリー除雪車に関心を示し、その後の手紙で「不要の除雪車があれば譲ってほしい」と連絡。市は更新期の除雪車(平成7年式)の譲渡を決めた。26日は清掃された除雪車作動を見たセレンドルゴル氏は「大きいですね。すてきですね」と感動ぎみ。「エルデネット市民全体で感謝します。友好交流締結ができることを望みます。関口市長を招待します」とダンバ市長メッセージを読み上げた。関口市長は「交流のシンボルになる。十日町市としても素晴らしい発信を世界にできる」と話し、エルデネット交流協会・滝沢会長は「市の協力に感謝したい。冬の前に運転技術を伝えるために訪問する」と村山興業オペレーターらが同市訪問する予定。除雪車には「十日町市」とマスコット「ネージュ」が描かれている。運搬費用、整備修繕はエルデネット市の負担だ。

植物と民俗、その文化を集大成、「苗場山麓植物民俗事典」  3月31日号
 全国でも珍しい、人間と関わり深い地域の植物と民俗文化を組み合わせた本が完成した。『苗場山麓植物民俗事典』。苗場山麓ジオパーク振興協議会で4年前から取り組み、待望の発刊。表紙写真は樹齢5百年を超える全国森の巨人百選・見倉の大栃、裏表紙にはトチノキで作る住民がコネ鉢を作る写真を掲載。身近な植物と住民の関わりに重点を置いている。植物やそれを元に作る民俗具など納めた写真は1500枚以上。オールカラー220n、定価は1800円(税抜)で販売中だ。
 主筆を務めたのは町ジオパーク推進室専門員の中沢英正さん(67、上段、本紙『妻有まるごと博物館』執筆者)。故郷に戻り植物に関心を持ち35年余調査を続けている、町の植物博士。中沢さんは「興味を持った原点は子どもの頃の山遊び。だが今は、なかなか子どもたちが野山に入る体験が少ない。山と関わりを持つ方も年配となり、記録を残すなら今しかないと感じていた」と話す。
紹介する植物は百種余。『イワナシ』(イワズイコ)や『ノブドウ』(ウマブットー)と言った食べられる植物を多彩に収録。さらにかつては生活に密着していた植物であった民具ミノの原材料『ミヤマカンスゲ』(ヒロロ)、現代では硬い殻の粉がスタッドレスタイヤの配合剤に使われている『オニグルミ』など、人と植物の関わりが楽しめる内容となっている。中沢さんは「利用してきた植物は地域の文化と言える。今は開発で失われた植物の群落も多い。この本が子どもたちが自然に目を向けるきっかけになれば」と願う。同書は1千部発行。問合せは町ジオパーク推進室рO25‐765‐1600。

『井口さん、ありがとう」、津南町赤沢駐在に地域総出で感謝  3月31日号
 『井口さん、ありがとう』。子どもたちから貰った感謝の気持ちが詰まったメッセージ集をみると笑みがこぼれる。津南町の赤沢駐在所に6年間勤務した井口吉道巡査部長(63)。今月末に警察官を退職。毎朝の登校見守り活動などで子どもたちと触れ合い続け、着任時1年生だった8人と共に、卒業を迎えた。「子どもたちの成長を間近で見ることができた。みんな孫のようなもの。地域の方にもよくして貰い、本当にありがたかった」と井口さんは感謝している。
 十日町市出身で、42年前に警察官となった井口さん。うち30年余は駐在所勤務。「駐在になった時、初めてで何をすれば良いかわからず、みんなのためにできることを考えた時登校時の見守り活動を思いついた」。配属先が変わっても登校見守り活動を続け、各地で子どもたちの信頼を得てきた。今月15日は芦ヶ崎小(吉越透校長、41人)が感謝する会を企画。児童が描いた似顔絵付の感謝状など受け取った。
 さらに嬉しいサプライズも。赤沢を離れる前日の22日夜、駐在所の前に大勢の人がいる気配に気付き、外に出ると赤沢地区の子どもたちと保護者の姿が。赤沢地区の小中学生15人が感謝の気持ちを記した寄せ書きを持ち、最後の別れを言いに来てくれた。小学1〜3年生まで、井口さんに手を引かれ学校まで通った同小卒業生の滝澤娃斗くん。今でもその手の感触を覚えている。「いつも強く自分の手を握ってくれました。退職してすごく寂しい。長生きして仲良く家族ですごしてほしいです」と見守ってくれたお巡りさんに感謝する。
 赤沢駐在所で過ごした6年間。自宅には、今月卒業した児童が1年生時の冬、大雪のなか井口さんと手を繋ぎ登校する風景を写した写真が飾られている。「地元の方が撮ってくれた大事な記念品。本当にみなさんに支えられてきた。せっかくできた縁、これからも親交を続けたい」と笑顔。4月からは十日町交番の相談員となる。


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