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2012年10月の津南新聞「トピックス」

過去の津南新聞トピックス
放射性物質の拡散広がる、原子力規制委員会が予想公表  10月26日号
 柏崎刈羽原発で、福島第1原発事故と同規模の放射性物質が放出された場合を想定した「放射性物質の拡散シミュレーション」を原子力規制委員会が24日、公表した。すでに同委員会ホームページに詳細が掲載されているが、柏崎刈羽原発の西方にある十日町市、魚沼市まで線量100_シーベルト(事故後1週間の積算)エリアが達している。同日、市の中心部まで汚染エリアが広がる十日町市は「試算結果はあくまでも目安。一つの参考として県や市町村と連携し、対応したい」と関口市長名で緊急コメントを発表している。だが一方、汚染エリアが広がる魚沼市の大平悦子市長は「専門的な委員会を作り対応する必要がある」を市の姿勢を示している。市町村がにおける防災計画の取り組みが急がれる。

 今回の放射性物質の拡散シミュレーションの想定条件は、柏崎刈羽原発の全ての原子炉がメルトダウン(炉心溶融)が発生したり、福島第1原発事故と同じ量の放射性物質が一度に放出された場合を想定し、1年分(365日×24時間=8760時間)の気象データ(風向、風速、降雨量など)を資料に、拡散方向、距離を予測した。ただ、今回の拡散シミュレーションでは地形や風向きの変化などは考慮していない。

 1週間の線量積算100_シーベルトは、IAEA(国際原子力機関)が避難が必要とすべき線量基準によるもので、外部・内部被爆の実効線量の7日間の積算数値となっている。
 さらに30`圏は、福島原発事故を踏まえ、原子力規制委員会が今年3月、防災対策を重点的に充実すべき地域の目安を見直し、30`圏で線引きし直しており、新潟県は30`圏の24市町村で研究会を作り、緊急避難区域を想定している。

 今回の放射性物質の拡散シミュレーションについて、十日町市の関口市長は「より厳しい条件を想定して算出した今回の結果は、すべての事象をカバーしたものではなく、放射生物資の拡散の仕方の推定であり、試算結果はあくまでも目安という位置づけとのこと。一つの参考として県や県内市町村と連携し、対応したい」とコメントしている。

 放射性物質の拡散シミュレーションは、科学的なデータによるものだが、想定条件にもあるように、地形、風向変化などにとる拡散方向、広がりなどが変わるとしており、今後、隣接の津南町、栄村なども影響することを想定した防災計画作りが求められる。

新ライフスタイル「地域おこし協力隊・奥平百合さん」 里山暮らし、「まいまいでん」体験を  10月26日号
 ずっと、フルートは身近に置いた。中学、高校時代に取り組んだ吹奏楽。本格的な演奏活動はしなかったが時々手にしていた。だが昨年のクリスマスから、時間ができれば手にしている奥平百合(38)。「今夜も練習なんです。結構、声がかかるんですよ」。川西・千年の森ホールで「地域おこし協力隊」のメンバーとジャズを奏でる。

 大地の芸術祭の初回開催の前年1999年、育った横浜を発ち、初めて越後妻有に来た。芸術祭スタッフとして第1回から関わり、川西「光の館」を担当。2002年からは松代商店街でお茶屋「ちゃもっこ屋鄙歌」を開き7年ほど営む。だが中越地震で倒壊。思うところがあり、海外青年協力隊に応募。2年間、ベトナムで美術教育に取り組んだ。国情の違いを感じるだが、子たちとの交流は、それを感じさせない新鮮さを得て、日本の里山の暮らしに通じるものを感じた。

 日本でもできることがあるはず、と応募したのが、十日町市が全国に先駆けて導入した「地域おこし協力隊」。任期は3年間。もう2年が経った。その地域おこし協力隊10人で作るのが「協力隊結束バンド」。奥平がネーミングした。地区イベントなどにお呼びがかかる。

 松代から上越に抜ける国道253号沿いの9集落で作る山平地区。戸数223世帯、約530人が暮らす。高齢化率は55%余り。その中心地の蒲生(かもう)の民家に暮らす。知り合いから譲り受けたヤギ2頭が家族。「ヤギを使って除草しています。なるべく農薬は使わない方がいいですから」。
 地域行事や集落の会合など、地域活動のスタッフとして活動。一方で独自色も出す。休耕田を借りて『まいまいでん(MY・米・田)プロジェクト』を始めた。手植えの米作りだ。「農業体験、自然体験と外から子どもたちを受け入れていますが、地元の子たちは田んぼに入ったことがあるのかな、とここで暮らすようになって感じています」。

 芸術祭や音楽活動、NPO活動などで知り合った友人知人を通じて、参加を呼びかけた。「今年は3人の男の子と親が参加しました。でも、みんな市外でした。来年はもっと広く呼びかけたいと考えています」。
 さらに、『皮むき間伐』にも取り組む。山梨や静岡で実践している杉の間伐方法。「杉の皮をむく、それだけです。これなら誰でもできますし、費用もかかりません」。杉は皮をむくと立ち枯れする。そのまま乾燥され、材としても使用できる。今週25日、蒲生の林で実証した。「里山で暮らして見ると、ここで出来ることはいろいろあります。そうしたことを、地域活動につなげたいですね」。

 美術や音楽への関心は、叔母が現代音楽のピアニストであることも影響している。東京純心女子短大(現東京純心大学)で日本画を専攻。卒業後、アーティスト作家多数が講師の「Bゼミスクーリングシステム」に入学、3年間みっちり美術を学ぶ。その実績でいま、地域おこし協力隊として地域活動に取り組むと共に、松之山中学、十日町中学の美術講師も務める。

 「そうですね、来年1年で地域おこし協力隊は終わりますが、この地と出会って、多くの人たちとのつながりができ、それをこれから活かしたいですね。これだけの仲間たちができたわけですから、地域をもっと元気にする起業に取り組みたいです」。

 弟がダイビングショップを営む宮古島には、なかなか行っていられないが、「ここの良さを感じています。来年こそ、ポポ(やぎ)に子どもを生ませたいです」。

県越え連携、秋山郷魅力アップを、津南と栄村で事業化  10月26日号
 新潟、長野両県にわたる雄大な自然景観と歴史ある伝統文化で全国的に知られる秋山郷。今年から両県が連携し、秋山郷観光の魅力アップに取り組んでいる。先月5日、津南町結東・萌木の里で「秋山郷の観光振興に関する意見交換会」を新潟・十日町地域振興局、長野・北信地方事務所と津南町、栄村の行政、さらに地元観光関係者など26人が参加して開いた。来月には具体的なテーマを決めて、同様なメンバーでワークショップを開き、秋山郷観光の魅力アップを探る方針だ。両県、両町村が連携し、県を越えた取り組みに期待が集まる。

 津南町は今年と来年度の2ヵ年で秋山郷の観光看板を一新し、栄村とも連携し、観光看板の統一化に取り組む。東日本大震災復興基金を受け、2年間で約2千万円の事業予算で町観光協会が主体となり取り組む。同基金を活用し、看板整備のほか観光宣伝などPR活動に力を入れる。さらに、町事業として観光地整備にも取り組み、新年度で事業予算化する方針だ。

 担当の地域振興課・石橋課長は、秋山郷観光の充実で、津南全体への入込み増加を狙っている。「秋山郷ぬきに津南観光は考えられない。やはり圧倒的な自然景観が魅力で、この魅力をさらにアップするため、ビューポイント(景観拠点)の整備が必要」と、自然景観の総点検を行い、大型観光バスの誘導や景勝地の散策路整備など魅力アップをはかる方針だ。

 一方、栄村は被災地支援の震災復興事業「生涯現役・全員参加・世代継承型雇用創出事業」を導入し、観光振興、特産加工品開発、伝統工芸伝承(桐げた)の3部門を集中的に取り組み、雇用創出と共に観光客増加への取り組みを積極的に取り組む計画だ。

 この中で、特に重点的に取り組むのが秋山郷。民宿や旅館など、伝統的な秋山郷の雰囲気を大切にしながらも、食文化や伝統工芸などを引き出し、魅力アップにつなげたい方針だ。

 栄村観光を主体的に取り組む財団法人栄村振興公社の福原洋一事務局長は、「民宿や旅館経営者、さらに工芸品を作る人たちが高齢化している。だが、その人たちが作る漬物、伝統食、手作り品は、それだけで大きな魅力。これまでその魅力が表に出てこなかった」と、従来型の観光アピールではない独自性を全面に出す方針だ。「例えば、あそこのじいちゃんの漬物は旨いなどと、情報を流し、実際にその家を訪れる観光プランなども面白いのでは。いまある素材を、もっと活用する術を研究したい」と、同事業導入の狙いを話す。

 同公社は、村事業の全面委託を受け、今回の被災地支援事業で旅行大手のJTB、リクルートと3年間の提携契約し、職員教育から特産品開発、旅行プランなど、民間の情報とマーケットエリアなどを活用し、一方で同公社では独自性の研究、さらに人材育成の好機として取り組む方針だ。特産開発では、雑穀の「ひえ」を使った焼酎づくりも始めている。

写真・紅葉の秋山郷、これが最大の魅力だ

努力は裏切らない、ソチ五輪めさす小林由貴選手、松之山小140周年で講演  10月26日号
 「みんな、夢を持っていますか」。1年半後のロシア・ソチ五輪をめざす津南町出身のクロスカントリースキー選手、小林由貴選手(25)は小学生に語りかけた。「私はソチオリンピックに出場します。信念を貫けば、夢は必ず達成できると思っています」と自分を鼓舞するように、集まった小学生や父母など150人余りに呼びかけた。創立140周年の松之山小学校記念講演会は21日開かれ、小林選手の十日町高時代のスキー部監督、奥村慶子教諭(新井高スキー部監督)と共に、選手としての思いやスポーツへの取り組み方法など実演を交え講演した。

 同校の富井茂教頭が六日町時代に奥村教諭を、津南小時代に小林選手を教えた師弟関係で実現した講演会。奥村教諭は、「人の神経系は6歳で90%余り発達し、脳だけでなく身体的な能力が高まるため、小さい頃にコーディネーション能力を付けると、大人になってそれが発揮される」と、実際に両手を使ってグー、パーを交互に出すなど神経系トレーニングを会場全体で実践した。

 「子どもは見たままで真似ができるが、大人は頭で考えるためうまくできない。このコーディネーション能力を高めることが、どんなスポーツにも通じていく。遊びを通じて色々なことを体験することが大切」と、大学での専門分野の研究の一端を話し、高校現場で実践している様子を話した。さらに「努力は人を裏切らない。自分の夢や目標は自信を持って口に出して言って下さい。必ずや実現します」と語りかけた。

 小林選手は、12日にオーストリアから帰国したばかり。これまでの外国合宿や大会の写真映像を流しながら、日本と外国の練習環境の違いなどを紹介。「クロカン王国のノルウェーの応援熱はすごい。日本はもっと多くの人が大会会場に来てほしいです」。フランスの標高3千bでの練習や真夏での練習できるドイツのスキートンネル、イタリアで4千bの山への登山トレーニングなど、ワールドカップ参戦や世界選手権出場の様子を説明。小学生は興味津々で聞いていた。

 小林選手は「大学で取り組み、この道を究めようと思った。目標は一日一日の練習を大切にすることで得られるものと思っています。努力は必ず報われる。私はソチオリンピックに行きます」と決意を語り、大きな拍手を受けていた。小林選手は来月2日、フィンランドへ行き、月末からワールドカップに参戦。12月初めに帰国し、国内大会を連戦する。五輪は2014年2月で、1年後のシーズン初めの大会成績で出場が決まる見込みだ。

関東と関西の玄関口に、津南がマスコミに攻勢  10月26日号
 「まず津南町をマスコミに知ってもらおう」と観光PR活動が積極化している。関東圏のマスコミ懇談会に加え、昨年から関西圏で町単独の懇談会も開催。今月4日には大阪で35社余を集め開いた。さらに19、20日に初めて首都圏の旅行誌やラジオ局など10社を津南に招待し町案内。来月10日にも関西圏マスコミを津南に招く計画で、積極姿勢に関心が高まる。

 背景には2014年度開通予定の北陸新幹線がある。東京―金沢間を結ぶ同線は、飯山市に停車。津南町は上越市と共に関西方面からの玄関口となり、上越新幹線越後湯沢駅と合わせ二つの大都市圏からの誘客が見込める。町は秋山郷とニュー・グリーンピア津南を二本柱に関東・関西圏にアピールする構えだ。

 その第一歩がマスコミとの関係づくりの強化。奥信越観光振興協議会を通し「さわやか信州・奥信越マスコミ懇談会」を首都圏などで35年余継続開催する長野デザインセンターの小島和人営業開発部ヘッドを仲介役にPR活動を強化。小島ヘッド(65)は話す。「飯山市に新幹線が来るのは津南の大きなチャンス。水が美味しい地は食も良い。住民も素朴で魅力ある。マスコミとの繋がりを増やし、魅力ある取組みがあれば観光が伸びる余地は多い」と交流人口増の可能性を指摘、今後の支援を確約する。

 実際に津南の地を訪ねたマスコミの反応はどうか。シニア向け旅行誌を発刊するジパング倶楽部の鈴木涼子記者(30)は津南初体験。「今シニア層にはトレッキングが人気。地酒を組み合わせたプランも人気で、津南に酒蔵がふたつあるのは大きな魅力です。秋山郷と組み合わせるのはおもしろいですね」。元スポニチ勤務、現在日本旅行作家協会員で旅行コラムなど執筆する中森康友さん(77)。懇親会で現在開発中の津南町特産料理を試食し「伝統の味に加え、現代風にアレンジした郷土料理提供は誘客に繋がる。ただ観光は広域連携が必須。栄村や十日町市などと連携し観光を考えなければ全国にアピールできない」。観光力強化のヒントがここにある。

 町は継続し関東や関西圏のマスコミ懇談会に参加、津南招待を継続するなどでアピールを図る方針。上村町長は「6次産業化の集約が観光産業。その地に暮らす住民を見せるのが一番の基本。住民が町を誇りに思うことで、訪れたいと感じる人は増える。ロマン、物語を合わせ積極発信し今後に繋げたい」と話している。

拳銃段駅伝、十日町チームまたも3位  10月26日号
十日町市は4年連続の3位に―。第65回県縦断駅伝競走大会は20、21日、妙高から新潟まで18区間198・3`で競われ、7回目の優勝を狙う十日町市は優勝した上越市に5分44秒差の10時間34分59秒で3位だった。実業団で出場する上位チームのなか、十日町市は市民ランナーで挑戦。優勝は逃したが、井川純宏監督「トップと接戦に持ち込み、すばらしいレースを展開した。賞賛できる走りだった」と健闘を称えている。

 十日町市は中学生組が活躍。6区で関口恭(吉田3年)が区間賞の走りで6位から一気に3位上げる活躍。また小林万修(下条中3年)も10区で区間2位とチームの順位上げに貢献した。津南勢も健闘し、8区で上越市から移った涌井勇太が区間3位、12区で原由樹人(帝京大1年)が4位、13区で山田亮太(重川材木店)が2位と上位に食い込み、一時はトップ争いを演じた。

 一方、8区では津南勢同士の争いも。上越市の高田自衛隊・村山京平と同自衛隊・涌井勇太が出場。涌井が44秒上回って区間3位、村山は区間4位だった。

 出場選手は次の通り(丸数字は区間順位)。
 1区F田村和基(十日町高3)2区I志賀旭(松之山中教)3区I志賀洸介(中里中教)4区B高野智仁(東洋大1)5区E高澤康(松之山中教)6区@関口恭(吉田中3)7区B加藤充(南中職員)8区B涌井勇太(高田自衛隊)9区E小杉英樹(ゆきぐに大和病院)10区A小林万修(下条中3)11区B高野智仁、12区C原由樹人(帝京大1)13区A山田亮太(重川材木店)14区F高澤康、15区A橋本将弥(十日町総合高3)16区D井ノ川一彦(十日町市役所)17区D志賀洸介、18区J田中陽介(帝京大3)

プロめざし津南出身・江村知大選手、社会人野球で活躍  10月26日号
 第38回社会人野球日本選手権大会に出場する北信越代表の新潟・バイタルネットに今春、津南町出身の江村知大選手(23)が新人ピッチャーとして入部。同選手権大会での出場が期待されている。
 江村選手は、小学3年から津南町野球スポーツ団を皮切りに野球に取り組み、津南中卒後、進学した長岡高校ではエースピッチャーとして活躍。甲子園出場は逃したが、新潟明訓などと接戦を演じた。また6大学野球出場をめざし早稲田大に進学。当時、1級先輩でハンカチ王子として一世を風靡した斎藤佑樹投手(日本ハム)らともチームを共にした経験もある。

 今シーズンの江村投手は、期待されながらも春先の肩の故障で試合に出場できず、夏の北信越予選では2イニングほど投げただけ。しかしここに来てようやく快復。今月22日に七十七銀行とのオープン戦には先発で出場。惜しくも1対2で敗れたが、調子はまずまずだったようだ。同チームの投手は8選手、チーム内の競争も激しいが将来を担う投手として注目されている。同選手権大会は来月3日、京セラドーム大阪で開幕。バイタルネットは初日に東海代表の愛知・新日鐡住東海REXと対戦する。

 町スポ小時代、当時の監督だった村山健一指導員は「やはりずば抜けた存在だった。体調に気をつけ、ぜひ本大会でマウンドに立ち、活躍してほしい」とエールを送っている。

 江村投手は「今こうして野球をやらせてもらっているからには生まれ育った津南町へ少しでも貢献していきたいと思います。小さい頃からご指導を頂いた大勢のお陰で今の自分がいます。その気持ちだけは忘れずに強気のピッチングをしたいです」と話し、「夢はプロ野球選手になること」と意欲を話している。

知的茂樹を学生に、津南中等校で活動報告会  10月26日号
 開校7年目の県立津南中等教育学校(全校433人)の活動報告会を24日、授業参観と共に行い、地元津南町の議会、教育委員会、民生児童委員など30人余が1期生の進路先や同校の建学の理念「夢の実現」への取り組みを聞いた。現在同校には県外を含む小学校43校から進学し、年々広域化が進んでいる。吉原満校長は「中学と高校がプラスした何かがあるのが中高一貫校、中等教育学校である」などと説明。地元津南の通学支援や給食センター活用などに感謝していた。
 
 新潟県内には現在、公立の中高一貫校は8校ある。「全国で東京都に次ぐ多さ。中学段階で高校課程の先取り教育ができ、そのため、ゆとりと教育効果の良さが最大にメリット」(吉原校長)。開校当時は地元津南地域からの入学が40%余を占めていたが、現在では十日町36%、津南35%、中里14%、南魚沼・魚沼12%、栄村2%となっている。南魚沼では保護者会がバス会社と運行契約し、朝2便、夕3便の専用通学バスを運行している。今期は小千谷市からバス通学の学生もいる。「広い地域から意欲あふれる子たちから来てほしい」(同)という。

 同校では、「知的刺激」に力を入れる。4学年・5学年で「高大連携」として大学から教授を招き、特別授業で大学の講義の体験。さらに中学3年の3学年・高校3年の6学年が一緒に妙高合宿を行う。「卒業間近の6学年の学習への姿勢を3学年が同じ研修で感じることで、自覚が出てくる。3学年にとって大きな刺激になっている」という。 さらに5学年は東京研修。目的、大学や企業の訪問先、アポイントメント(事前予約)、交通手段などすべて自分たちで行う実践研修に取り組むなど、目的意識の醸成を学校あげて支援する。

 東大、京大など難関国立大進学を果たした1期生の進路は、県内評価を受けている同校。だが、当初の目標は「国公立進学30%」の目標には至っていない。1期生は国公立合格20%。「土台はできている。1学年から6学年、確実に実力がついていることは、各種の数字で表われている。今期初めてセンター試験を受けたが、全校平均を上回る学校が中越地区では6校しかない。夢の実現に向けた土台は作られている」と吉原校長は自信を見せた。

500年前の不動明王、比叡山焼き討ち免れた明王、見玉不動尊へ  10月19日号
 開山800年余の津南町見玉の「見玉不動尊」(金玉山正宝院)に、安土桃山時代の1571年、浄土真宗と日蓮宗の宗派対立に怒った織田信長が起こした「比叡山焼き討ち」で焼失を免れた「五大明王」のうちの2体が、同院関係者の尽力で見玉不動尊に安置されることになった。来月3日、開眼法要を行い、同時に一般参加できる護摩祈願を行う計画だ。

 「比叡山焼き討ち」の直前、住職らは守護神である五大明王を密かに持ち出した。戦乱の後、うち2体が比叡山に無事戻った。その2体が比叡山、善光寺などと縁深い元見玉不動尊住職の仲介で同不動尊に安置される。五大明王は、不動明王を中央に東西南北それぞれに守護神明王が置かれ、五大明王となる。

 見玉不動尊の現住職は、第25世の池田明順住職(49)。明順氏の父・乗順氏が25年前に死去し、明順氏が継いでいる。乗順氏の前の住職が村上光田(こうでん)氏。現在、善光寺役員で福生院住職。光田住職は、比叡山と関係深く、他の寺の住職も務める。昨年、光田住職は「古来から不動明王を祀り、霊験あらたかなる見玉不動尊に安置されるのが良い」と、比叡山にある二大明王を見玉不動尊に安置することを進言した。

 この朗報を受けた地元の檀信徒関係者は驚きと共に大歓迎。檀家総代の橋正治さん(71)は「ありがたいことです。開山800年の見玉不動尊に相応しい不動明王が安置され、檀信徒あげて歓迎し、末永くお守りしたい」と話す。来月3日午前10時から開眼法要を行い、その後、一般参加できる護摩祈願を行う。その際には、二大明王を披露する。

 第25世の池田明順住職は、「信長の焼き討ちの難を免れた不動明王様であり、見玉不動尊にとってもありがたいことです。皆様の守護神として御参りください」と話している。
 今回、比叡山から見玉不動尊に安置される二大明王は蛇が絡む「西方守護神 大威徳明王」と水牛に乗る「南方守護神 軍茶利明王」。両明王とも高さ1b、50a四方の台座に乗り、全体に黒ずんでいるが部分的に金箔(きんぱく)張りが見られ、精巧な彫りとなっている。
 
 津南町教育委員会が昨年から町内の仏像(木製)調査をしており、来月6日、二大明王を調査する方針だ。

新ライフスタイル「草津直樹さん」、国際料理コンクール日本代表にエントリー  10月19日号
 東京青山の自家製パン店とカフェを併設したおしゃれな店「ドンク青山店」の料理長を、今年7月で辞した草津直樹(37)。料理の世界に入った頃から、おぼろげながら抱いていた故郷に帰る思いを果たし、9月からニュー・グリーンピア津南の厨房で働く。         (敬称略)

 昨年3月12日の長野新潟県境地震で、父が経営する旅館が被災。営業ができなくなった。「あの地震がひとつの契機になりました」。     
 地震後、度々津南に帰り人を招くことができなくなった旅館を見て、胸が痛んだ。だが父からは、息子を頼る言葉は聞かれなかった。「それだけに、感じるところがありました」。
今年3月、震災で被災した旅館を取り壊した。さら地になった敷地を見て、父から初めて言葉があった。「どうだ」。その次の言葉を聞かなくても、父の思いは伝わった。7月末で、東京を去る決意をした。

 「父が営む旅館を見て育ちましたから、漠然としてですが、この道かなぁとは感じていました」。大学進学も考えていたが、十日町高卒後、織田栄養専門学校で栄養士資格を取り、新宿調理師専門学校で調理師免許を取り、国土計画に入社。初任地は東京タワーの真下、芝ゴルフ場レストラン。洋食部門に配属。専門学校時代から洋食専攻。この選択が、その先の数々の出会いを生む。
 東京プリンスホテル、苗場プリンスホテル、さらに新横浜プリンスホテルなどで実績を積む。その新横浜時代の総料理長との出会いが、大きな自信を得るチャンスの出会いとなった。

 世界最大規模、フランス料理の最高権威のコンクールで知られる「ボギューズ・ドール国際料理コンクール」。新横浜に配属されて3年目。当時31歳の草津に、白羽の矢が放たれた。同ホテル50人ほどの料理人の中から、総料理長の人選で30歳以上制限がある同コンクール出場者に選ばれた。
 世界33ヵ国から参加。2年に一度開かれ、前年から予選会がスタート。東日本、西日本でベスト6を選び、全国大会で日本代表を決める。その東日本ベスト6に草津は選ばれた。全国大会に進みベスト12人による最終専攻では、惜しくも最後の6人には選ばれなかったが、大きな自信と実績をつかんだ。

 3年前。全国展開するパン&カフェの「ドンク」が東京青山店を出すため、その料理長に草津を指名。新横浜プリンス時代からの知人の紹介だった。出店準備から関わり、『美味しいパン、美味しいワイン、美味しいチーズ』に合うフランス料理を提供する店。「オープンキッチンですから、お客様から見られ、会話しながらのお店です。これまでの厨房とは違い、直接お客様の反応が分かる、とても勉強になりました」。
 店の立ち上げから、料理の個性と方向性など、道つけを行い、固定客も増えたなかでの決断だった。「正直、迷いました。ですが、あの震災が私にとって大きな契機でした」。強く引き止められたが、決意を貫いた。

 プリンス時代、津南産の雪下ニンジンが注目され、食材に使った。「米、野菜、なにより水がおいしい。津南に戻り、改めてその素材の良さを感じています」。
 いま、同津南の単身宿舎住まい。この道に入り、苦楽を共にしてきた包丁30本余りと共に津南に帰ってきた。「これから津南の素材とじっくり向き合っていきます」。

今年産米、等級落ちで1億円超の被害か、十日町60%、津南74%  10月19日号
 猛暑の影響で魚沼コシヒカリの品質低下が目立っている。1等米比率は県農産物検査協会が調査した13日現在、十日町市60・7%(前年93・4%)、津南町74・6%(同89・9%)と十日町市では昨年に比べ32・7ポイントもの大幅な落ち込みとなっている。単純比較で昨年比、十日町市では約8千7百万円、津南町は約2千万円の農家収入減が予想され、生産者価格が頭打ち状態の中、農家にとって大きな打撃となりそうだ。
 
 JA津南町では、予約数量14万1490袋(1袋30`)のうち今月17日までに92%の出荷検査を終えた。8月下旬から9月中旬にかけ、十日町・津南地域でも平年より気温が5〜6度高く、県農業改良普及センターでは一昨年の猛暑を教訓に追肥や水管理の徹底を呼びかけてきたが、平場を中心に猛暑の影響が出た。品質の低下となる米粒の中心部が白くなる乳心白粒や端が白くなる背白粒、また玄米にひびが入る同割れ粒が増えた。

 検査に当たっているJA津南町農畜産課の風巻一文課長は「予想以上の猛暑で、標高2百bから350bの平場を中心に未熟粒や同割れ粒が目立っている。特に台風の影響によるフェーン現象で同割れ粒が増えたようだ」と話す。平場が多い十日町市では、この影響をもろにかぶった形だ。

 等級の落ち込みは、1等から2等に格下げされると1俵(60`)当たり千5百円減額となる。このため昨年産米に比べ十日町市では5万8千俵余(減額分約8千7百万円)、津南町では1万3千俵余り(同約2千万円)、が「2等格下げ増加分」と予想され、生産者にとっては厳しい状況となっている。

 津南町農業委員会の上村芳男会長は「品質の低下は農業所得に直結するだけに非常に残念だ。気温の変動が大きくなっている昨今、さらに生産管理の指導、徹底が求められる」と話している。

津南中等校野球部。県大会軟式で2連覇、北信越大会へ  10月19日号
 2連覇達成―。津南中等校・高校課程軟式野球部(庭野倖成主将、16人)が先月25、26日に新潟市で行った県大会で優勝。2年連続で秋大会を征し、県代表として今月28日、長野・上田市で開く北信越大会に挑む。昨秋は北信越で準優勝しており「次こそ優勝を」と志気も高い。

 創部6年目、高校課程は昨春に部員がそろい高野連に加盟。夏大会後、チームを引っ張ってきた創部メンバーが引退、新チームで臨んだ秋の県大会。4校で競い、1回戦は直江津中等校を8対3で下し、決勝は安塚高松之山分校。1|1で互角の展開が続いたが、7回で2点目をもぎ取り死守。2対1の接戦を征した。週3回と練習時間の少ないなかでの2年連続優勝。庭野主将(5学年)は「先輩が抜けたあとも負けないように頑張ってきた。みんなで守り、走るのが中等の野球。伝統にし、北信越でも勝ちたい」と話している。

 メンバーは次に通り。◆5学年(高校2年)=古淵雄也、大島翔太、庭野倖成、鈴木諭、野真宏、太島渉◆4学年(同1年)=反り目直史、田山太一、滋野義臣、滝沢悠斗、井ノ川誠、大島恭兵、橋大生、村山一裕。

ソチ五輪めさし津南合宿、日野自動車クロカンチーム  10月19日号
 2014年のソチ冬季五輪をめざす岐阜日野自動車スキークラブ・男子クロスカントリーチーム(井川純一主将)のメンバー4人が15〜21日までマウンテンパーク津南や吉田クロスカントリー競技場など津南、十日町地域で合宿を行っている。4選手ともソチ五輪へ向け「今シーズンが正念場」としており、ローラースキーや筋トレなど激しいトレーニングを積んでいる。

 参加選手はトリノ、バンクーバーに続きソチ五輪と3大会連続出場をめざす成瀬野生(28)、世界選手権代表の木村正哉(26)、岐阜国体3位の成瀬開地(24)、そして同国体2位で主将の井川純一(27)の4選手。今冬の全日本スキー選手権大会天皇杯男子リレーで優勝したメンバーで、ともにソチ五輪をめざすライバルでもある。

 17日にはマウンテンパーク津南スキー場のローラースキーコースで練習に取り組み、成瀬野生選手は「クロカンスキーの強豪選手が誕生する地だけあってすばらしい環境だ。メンバーみんなが高い目標を持って取り組んでいる」と話し、井川主将は「今回は故郷でもあるこの地域を合宿に選んだ。トレーニングの環境は本当にいい。仲間に負けないよう頑張り、ソチ五輪をめざしたい」とローラースキーで汗を流していた。
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 ソチ五輪出場をめざす井川純一選手を応援する会(山口孝太郎会長)が13日に発足。下条公民館で開かれた設立総会で井川選手は「オリンピック出場をめざし、自分を信じて頑張っていきたい」と意気込みを語った。

写真・合宿の日野自動車チーム。右から井川、成瀬開、木村、成瀬野の各選手

ホンダ・アシモ、被災地の栄村の子たちを励ます  10月19日号
 ○…「アシモってすごい」。滑らかに歩き、手を振るロボットに、子どもたちが感嘆の声を上げた。栄村で11日、栄小と秋山小、北辰保育園児百人余を招いた特別授業を大手メーカーの本田技研が開催。ホンダが誇る2足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」が栄村文化会館に登場。人間のようにスムーズに歩き、サッカーボールを蹴るなど機敏な動きを披露。アシモは「希望を持ち続ければ実現できる。みんなも夢を育てて下さい」と被災地の子にメッセージを贈った。

 ○…同社は年の東日本大震災発生後、「夢をみる力と笑顔を取り戻して」と東北各地をアシモが巡る特別授業を実施。同社の申し出があり栄村でも実施。26年前に始まるロボット2足歩行の歴史を同社社員が説明。今は歩くのに加え、おじぎをしたり、複数の言葉を理解するまでとなったアシモ。「開発者の夢から始まりここまで来た。みんなの夢も大きな力を持っています」と呼びかけた。栄小3年の廣瀬岳君は「ダンスやサッカーができたりとってもすごい」と瞳を輝かせていた。

稲を食べるクマの動画映像、栄村で記録  10月19日号
 稲を食べるクマの珍しい映像が撮影された。栄村は先月からクマなど野生動物の目撃情報があった地点に自動撮影ビデオカメラを設置。生態調査を進めている。そのカメラに先月6日夜、雪坪地内の水田に入り、実った稲穂を食べるクマ1頭が映っていた。クマが秋に田に入る被害は知られているが、実際に食べる様子を捉えた映像は貴重。村は今月17日に動画を公開した。

 クマが冬眠を前に養分を蓄える秋。今季は奥山のブナの実の不足などから、民家近くまでクマが頻繁に出没。すでに津南、十日町、栄村で30頭以上を捕獲しており、目撃情報も連日寄せられている。村産業建設課は「今はクリや柿を狙って里山に降りてくる時期。キノコ採りも始まるなか、目撃しても絶対に近寄らないなど十分な注意を」と呼びかけている。

写真・稲を食べるクマ。栄村内で、栄村役場提供。津南新聞ホームページトップ画面で動画を公開中。

命を救う、ドクターヘリ運航、新潟大病院から30分で  10月12日号
 十日町地域は要請から30分で―。医師や看護師がヘリコプターに乗り救急現場に駆けつける「ドクターヘリ」の運用が10月から新潟大医歯学総合病院を拠点に始まり、十日町地域消防署では10日、同市吉田クロカン競技場を会場にドクターヘリと連携した運航訓練を行った。十日町地域はドクターヘリ到着まで30分圏域。出動要請から時間通りに到着したヘリに橋隆之署長は「地域住民の命を守るため、有効に連携していきたい」と救急体制の強化を強調した。

  訓練は、車で自損事故を起こし、ショック状態に陥った30代男性の救助を想定して実施。午後2時に無線でドクターヘリを要請すると30分ほどでヘリが到着。医師が救急治療を行い、わずか10分ほどで十日町病院へ搬送するため再び上空に飛び上がるなどスピーディに救助活動を展開した。
 ドクターヘリは、医師と看護師を現場に投入する究極の救急診療システム。陸路搬送に比べて治療開始時間が大幅に短縮される。ヘリには除細動器や人工呼吸器など救急医療用の機材を搭載、迅速な救急活動が期待される。運航は毎日で、時間は朝8時30分〜日没30分前まで。ヘリ購入費は約7億円、年間の運用費2億円は国と県が折半する。

 なお、十日町地域の基本的なヘリ着陸点は、小中学校グラウンドなどを中心に十日町市52ヵ所、津南町14ヵ所を設定。冬場は、十日町は吉田クロカン競技場、津南ではなじょもん館駐車場がメイン。橋署長は「救急要請を受けた通信指令室がドクターヘリを呼ぶべきか判断することになる。指令係の状況判断を高めていきたい」と話している。

写真・運航訓練を行う十日町地域消防本部署員(10日、十日町・吉田で)

新連載「新ライフスタイル」 八重沢良成さん(65)「こだわりの手抜き農法」  10月12日号
 自分流の生きた方、と言われるが、それを貫き通すのは、そう簡単ではない。ライフスタイル、ちょっとしゃれた言い方だが、「思うがままに生きる」と言い換えることもできる。自分流を求め、新たなライフスタイルを求める人たちが登場します。
(敬称略)

1 0年前に出会った農業のやり方、「炭素循環農法」で取れた米が入った袋が、自宅の地階に積み上がる。日焼けした顔の八重沢良成(65)は、ちょっと首をかしげる。「昨年は反収9俵だった。今年は7・5俵。天気のせいかなぁ」。反収とは10eあたりの収量。この農法で30eを耕作する。「人には、自分からは進めないが、ネットで見て、時々訪ねてくる人がいるな」。

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『林幸美』。長野県出身で、今はブラジルで大規模農場を営む70代の農業者。八重沢は、公務員生活が残りわずかになった10年前、ふと退職後に思いをはせた。「農業をやるしかないかー」。だが、小学2、3年の頃の体験から、農業が嫌いになっていた。
 「小学校へ行く時、田んぼの畦を通っていくんだが、農薬をまいた印の赤い旗が立っていて、そこを通ると、気持ちが悪くなって吐いたことがあった。それ以来かな、農業が嫌いになったのは」。規制がそれほど厳しくなかった当時、かなり強く農薬が使われていた。
 「ずっと自分の中に、トラウマとしてあった」。迫る退職。農薬を使わない農業はないか、ネットで検索する中で、林幸美に出会った。

 「炭素循環農法」。略して「たんじゅん農法」。別名、「手ぬき農法」。本を出さない林幸美は、ネットでその農法を公開している。要は、『農薬、化学肥料、有機肥料などいっさい使わない農法』。いわゆる農地を「初期化」し、作物が本来持つ生命力で、米や野菜を育てる。


 退職後、半信半疑で始めた。これまでの農薬、肥料が入った田畑の「初期化」には、時間が必要だ。田はできる限り水を張り、収穫後は水を掛け流し。3年後、農薬や肥料成分が流れ出て、米の生育が違ってきた。  
 この農法、収穫後の稲ワラがポイント。田の中への「すきこみ」は雪消え直後。稲ワラは分解し養分になる。刈取り直後のすきこみは、養分にならず田植え後、分株が進む頃になると、養分不足となり肥料を与える、この繰り返しが今の農法。除草は、手押し除草機で2回ほど田に入る。「あとは深水で収穫を待つだけ。ものぐさの自分にぴったりなんだ」。
 
 畑も同様。農薬や堆肥をぬく「初期化」は、田より時間がかかり、5年後には虫も来なくなった。「土は健康になった証拠。葉物野菜に虫が来なくなった。作物が本来持つ生命力で育つため健康な野菜が育つ。だから虫も来ない」。
 病気になったり、虫に食われたりするのは、「健康ではないため」。虫除けに農薬を使う、その繰り返し。「虫食い野菜は無農薬の証拠」、これも実は健康でない野菜の証拠という。「採った野菜を放置しておくと、だいたい腐り、腐敗臭がすごい。だが、この農法での野菜は、放置しておくと枯れていく状態。だから腐敗しない」。

 『ふうちゃん農園』。この農法で作る野菜を、このブランドで直売所に出している。『化学肥料・堆肥・農薬は使っていません』とラベルにある。「うちの孫の反応や、同じくらいの子たちの反応が面白い。ニンジンやセロリ、春菊など、子どもは嫌いだったが、家で作った野菜は食べる。そのせいか、直売所に出してから、町内外から予約が入り、間に合わない状態。自分ができることをやっているだけなんだがなぁ」。

 3年前、十日町市の若い女性がネットを見た、と訪ねてきた。2年前には津南町内の男性が、教えてほしいと訪ねてきた。「米も野菜も手ぬきで、同じくらいの量が採れ、うまい野菜が取れる、なんとも面白いじゃないですか」。

小水力発電を来年事業化、津南町が源内山ダムに  10月12日号
 フクシマ原発事故以降、自然エネルギーへの関心が高まり、太陽光発電、風力発電、小水力などへの取り組みが高まっている。津南町は8年前、地域資源の活用策で、自然エネルギーを使った発電事業の調査を行い、「ハイドロバレー事業計画」として調査結果をまとめている。この中で、実現可能で有望視されていた小水力発電について、新年度から具体的な取り組みを行う方針だ。さらに、畜産業などからの糞尿を原料とする「バイオマス発電」にも関心を示し、調査事業に取り組む方針だ。

 今月9日、津南町の上村町長と石橋地域振興課長は、石川・金沢市の北陸農政局に出向き、農業用水を活用した「小水力発電」事業の新規採択を要望してきた。今年度の補正予算でも対応できる以降を同農政局が示したが、冬期間の工事は困難のため、新年度事業での採択を求め、事業化はほぼ決まる見込みだ。

 今回の小水力発電は、町が申請事業者となり、ニュー・グリーンピア津南への道路わきにある「源内山調整池(ダム)」に入る「源内山導水路」の落差を活用し、水力発電する計画。源内山導水路は、秋山郷入口、見玉集落わきを流れる黒滝川を水源に導水し、毎秒0・4dの水利権を持つ。

 この導水路から源内山ダムへの導水落差は15・2bあり、8年前に町がまとめた計画によると、46kwの発電が可能で、事業費は約6千万円を見込んでいる。新年度の事業化が実現すると、許認可申請など含め早ければ2年後には発電開始ができる見込みだ。
 発電した電気は、国の買取制度に乗り、全量売電する方針。現在、水力発電の売電価格は1kw、35・7円で、試算では年間1300万円の売上になり、この価格は契約日から向こう20年間、固定価格で売電できる。このため、売電価格が高いうちに稼動することが求められ、新年度早々の事業認可が待たれる。

 一方、バイオマス発電は、津南町内の畜産業とのタイアップが必要な事業。町は7月20日、県内村上市の民間企業が行うバイオマス発電施設を町議と共に視察した。瀬波温泉の近くで、米など農産物販売、農産加工品製造販売などを行う「株式会社 開成」(資本金6500万円)は、バイオマス発電プラントにより、循環型農業システムに取り組んでいる。
 説明では、日量5dの生ゴミ、し尿などを原料に、「乾式嫌気発酵システム」により、メタンガスを日量1200N立方b発生させ、ガス燃焼で75kwを発電している。

 町が注目したのは、原料処理方法の「乾式」。従来のバイオマス発電では「湿式」が多く、発酵促進のために大型の発酵槽が必要だった。乾式の場合、小規模な施設で発酵が行え、さらに処理液が「液肥」として使えるため、流末水の処理が不要など、従来のバイオマス発電に比べ、小型施設で効率よく発電できることが分かった。
 地域振興課の石橋課長は「従来の湿式では、施設規模が大きくなり、コストアップとなり、実現性を感じていなかったが、今回の乾式を見て、研究の余地を感じた」と、畜産農家など糞尿処理対策と共に、バイオマス資源の活用を研究する方針だ。

写真・来年度から小水力発電に取り組む源内山ダム

ようやくサケ、遡上始まる、宮中ダム・西大滝ダム  10月12日号  
 ◎…ようやくサケが帰ってきた。JR東・信濃川発電所の宮中取水ダムの魚道で8日、3尾のオスのサケを採捕し、10日にも1尾(オス)の遡上を確認した。22`上流の東京電力・西大滝ダム魚道では10日、1尾(オス)を採捕し、それぞれ上流に放流している。中魚漁協・長谷川克一組合長は「ようやく帰ってきた。海水温と川の水温も高く、今年はどこも不漁のようだ」と、サケの遅い遡上を見ている。

 ◎…宮中ダムでは今シーズンから、サケなどが遡上しやすいように改良した新しい魚道に、特注のトラップ(捕獲ワナ)を先月10日に設置し、遡上調査を開始した。だが、日本海の海水温が高く、信濃川の水温も高く、設置後、サケの遡上はなかった。8日朝、中魚漁協職員がトラップ内に3尾のサケを確認。その場で採捕し、体長、重さを測り、年齢判定のウロコのサンプルを取り、すぐに上流に放流した。10日にも1尾を確認。一方、上流の西大滝ダムでは10日朝、国土交通省の依託を受け調査する高水漁協職員がトラップ内に1尾を確認。体長70a、重さ2・5`のオス。測定後すぐに上流に放流した。長谷川組合長は「魚野川でもまだ20尾程度を聞く。海水温が高い状態が続き、それが遡上に影響している。来月からは新潟河口で採捕は始まるため、月末までにどれだけ上がるか。今年はどこも不漁と聞く」と話している。宮中ダムでは昨年135尾、西大滝ダムでは35尾を確認している。両魚道とも来月11日まで遡上調査を行う。

写真・ようやく帰ってきたサケ(11日、JR東・宮中ダムで)

全国の強豪と野球交流、津南中学・野球部、神奈川・桐蔭学園などと  10月12日号
 ○…新たな野球交流の芽が生まれている。津南中野球部(藤原陸主将、16人)と全国クラスの強豪の神奈川・桐蔭学園、富山・高志野中、福島・平第一中の4チームが津南中グラウンドで6日から8日に初の交流戦を実施。全国大会出場経験のあるチームの胸を借り、津南中メンバーは白球を追いかけ汗を流した。藤原主将は「全国に出るチームは強いだけでなくマナー、声出しなどすごくしっかりしている。良い所を学び、もっと強くなりたい」と大きな刺激を受けていた。

 ○…交流戦はニュー・グリーンピア津南と縁あり、今年6月に林間学校を訪れた桐蔭学園の野球部監督・大川和正教諭(50)が企画。同学園と交流ある3チームも快諾し実現。「津南町カーニバル第1回グリーンピアカップ」と名付け、今後も継続する方針。生徒や保護者ら百人余が町内で宿泊するなど、経済効果も生み出している。監督就任26年目、全国大会優勝経験もある大川教諭は「福島や富山、神奈川などの中間地点がこの津南。どこからも4時間余だ。ただ何よりも津南の素朴な住民の方々、自然豊かな環境に魅せられた」と津南を高評価。さらに「全国の強豪と対戦するのは生徒の目的意識を高める契機になる。恒例の試合としたい」と意欲を語った。

国道117号・津南町卯ノ木地区、拡幅工事が災い? 追突事故相次ぐ  10月12日号
 津南町の国道117号線の見通しが良く、道幅が広い直線道路で追突事故が相次いでいる。卯ノ木‐正面間約7`の同道で今月に入りすでに3件発生。右折しようと道路中央に停車中の車に追突するケースが多く、前方不注意の事故。十日町署は「しっかり前を見て運転を」注意を呼びかける。

  1日は午前8時頃、国道を十日町方向に進む50代男性運転の軽自動車が、自宅に右折し入ろうと道路中央に停車していた所に、後続の軽自動車が追突。車は押し出され対向車両と衝突。3台の車が事故に遭い、朝の通勤時間で大渋滞となった。2日午前11時頃には、十二ノ木地内で同様に国道を右折し自宅に入ろうとした道路中央に停車していた70代男性の普通車に後続の軽貨物車が衝突。さらに4日午後6時頃、正面地内で右折するため道路中央に寄った40代男性の250ccバイクに後続車が追突、押し出され対向車と衝突。バイクは大破したが軽傷で済んだ。いずれも死亡事故に繋がる事故で、すべて前方不注意が原因だ。 

  一方、正面地内では8月26日にひき逃げ事件があり、走行中のバイクに後続車がぶつかりそのまま逃走。犯人は見つかっていない。十日町署・山上保栄交通課長は「3件とも前方を注意すれば防げた事故。見通しが良く、つい運転を油断しがちになる。しっかり前を見ること」と呼びかけている。

写真・幅広で見通しが良い直線道路での追突事故(1日、津南町卯ノ木地区で)

ジャンボなサツマイモ、津南町の涌井さん  10月12日号
 ○…「おっきなサツマイモがとれたよー」。津南町寺石の涌井優さん方で、このほど自宅裏の畑で長さ38a、重さ4・8`のサツマイモが採れた。長女の愛寧ちゃん(上郷小3年)は「おばあちゃんが持ってきて、とってもびっくりしました。すごく重いです」と驚いている。

  ○…このサツマイモは、作り始めて3年ほどの畑で採れた。同じような大きさのサツマイモは3個ほどあり『製造者』のムツさん(69)は「土を掘ったらこんなのが出てきて、本当にびっくりした。こんなのは初めて」と目を丸くした。「どんな料理で食べようか」と家族で相談中だ。県自然環境保護員の中沢英正さんは「日照状態や養分の関係で見られる現象。今夏の暑さが影響したのではないか」と話している。

クマ被害、生息調査が急務、8月から31頭捕獲、人身被害心配  10月5日号
 冬眠を前に「食いだめ」の時期を迎えているツキノワグマが人家近くにまで相次いで出没。今月3日までに津南、十日町市、栄村を合わせ32頭が捕獲された。餌となるブナの実が凶作で、カキやクリを狙って山奥から下りてくると見られる。「クマが簡単に人里に下りて来ないような抜本対策が必要」と叫ばれながらも、具体的な対策は一向に進んでいないのが実情。耕作放棄地整備など国県レベルでの対策が必要だ。

 ツキノワグマの出没は7月上旬から相次ぎ、津南町に寄せられた情報はすでに60件以上に上っている。町での捕獲は、今月4日までに沖ノ原や天上原などを中心に17頭(前年・春2頭のみ)となり、全国的に大量出没した一昨年の19頭に迫る勢いだ。うち5頭は再び人里に来ないように辛子スプレーを吹き付けて調教し、山に返す「学習放獣」を行った。また、この中の3頭には民間調査機関・新潟ワイルドライフリサーチが発信機を取り付け、行動範囲などを探るため追跡調査に取り組んでいる。

 周辺地区でも傾向は同じで、十日町市では倉俣・清津峡地区で7頭捕獲しうち子クマ2頭は放獣、栄村では8頭を捕獲した。
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 秋山郷・前倉では7月上旬、養蜂業の店舗のトタン壁をはがす被害が出たほか、米原・倉俣地区では8月以降、人家近くの畑で足跡がいたるところで見られるなど出没情報が相次いでいる。沖ノ原では、飼料用のデントコーンが食い荒らされ畑全体が壊滅状態となったところも出た。津南町の被害額は一昨年の1116万円に「近い数字になるのでは」(町地域振興課)と見ている。コメ以外は農業共済対象にはならず、農家の損失となる。

 クマの出没が増えた要因として十日町市立里山科学館の小林誠研究員は「ブナの実は、豊作の翌年は凶作となる傾向がある。昨年が豊作だったため今年は大凶作となった。地域の山を調査した結果、実をつけるために花を咲かせたブナは1本もなかった」と指摘。さらにここ数年広がりを見せているナラ枯れの被害の影響もあり「クマは餌を求めて人里に下りてきている。これまで出なかった松之山地区でも出没情報があり、行動範囲は広がっている」とし、これからキノコ採りシーズンを迎えるだけに「山に入る時は単独行動を避け、鈴など付けて行動してほしい」と話す。
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 県はクマの生息数を約千頭と予想。乱獲で絶滅する恐れがあるとして昨年、県内での捕獲数を年128頭までに抑える計画を策定した。しかし、農作物被害を受けた秋山郷の住民からは「コメの被害は泣き寝入り。しかも命の危険にさらされているのが実態。駆除してほしい」と訴える。

 発信機でクマの追跡調査を行っている長岡技術科学大・山本麻希助教は「これまでの生息調査は大雑把すぎる。しっかりした調査を行った上での捕獲計画が必要」と話し「ツキノワグマは国際保護連合のレッドリスト・危急種に指定。トキのように減ってしまってから回復するのはとても困難」と警鐘を鳴らす。

 東北地方では、動物の通り道となる藪の草刈りを行ったところ田畑が荒らされる被害が激減したというケースもあり、山本助教は「鳥獣対策として、クマが人里に下りて来ないような対策を林野庁が整備すべきだ」と話し、国県レベルでの対策を強く求めている。

写真・クマの被害を受けた津南町のとうもろこし畑

副町長に村山昇・前総務課長、津南町・上村町長  10月5日号
 津南町の上村町長は2日、町議会に副町長人事を説明し、5日の臨時議会に提案、可決された。副町長に就任するのは前総務課長の村山昇氏(60)。就任は今月15日。臨時議会提案について上村町長は「私は9月議会で就任満2年。この2年間はひとりで雑巾がけをやろうと決めていた。9月議会でちょうど満2年。新年度予算編成を一緒に取り組んでもらうためには12月議会では遅く、臨時議会という形にさせてもらった」と話している。

 村山氏の起用について上村町長は「当初は、外への強化が必要と考えていたが、この2年間を経て、内なる強化の必要性が高いと考えるに至った。外へは私自身が取り組み、それぞれの力で補い合い、総合力で津南町を伸ばしたい」と話す。人物評価では「自分が花咲くより、町勢の肥やしになれる人、その人柄に魅かれる」と村山氏を評価。上村町長の副町長人事は就任の年、県部長級の町出身者を提案したが議会同意を得られなかった経過があり、任期折り返しでようやく副町長を得て、今後の上村町政の取り組みに関心が集まる。

村山昇(むらやま・のぼる)氏=昭和27年1月14日生まれ、中央大経済学部卒。議会事務局長、平成23年3月まで総務課長、同退職。津南町下船渡、60歳。

連載「三箇の挑戦」B 「だいすき さんが」で発信、雪は魅力的な資源  10月5日号
 集落の高台にある神社境内から鹿渡が一望できる。手前に棚田が広がり、家並みが連なる。遠方には魚沼の山なみ。先月アップしたウェブサイト「だいすき さんが」のトップページ風景。画面は同じ場所からの冬景色にオーバーラップする。

 「体験に来た子どもたちにこの写真を見せると、信じられない表情する。それほど夏と冬にギャップがある。この驚きこそ、この地域の魅力」。ウェブサイトを作成する『三箇地区 都会と交流を進める会』の事務局長、恩田輝次さん(58)は話す。ソフトウェア会社勤務の技が役立つ。『越後つなんの自然空間ーだいすき さんが』(sanga-tsunan.com)には、地域の自然、三箇体験に訪れた子たちや学生の体験シーンをアルバム風に紹介。

 先月17日から訪れた鎌倉小の子たちの体験記録も同サイトに載る。受け入れた山我勉さん(62)は退職後、昨年故郷に移住したばかり。「農業のことは知りません、存分に遊んでいいよ、野菜も好きだけ採って食べていいよ、と話したんです。本当に私は農業初心者ですから」。子たちは畑のスイカを採り、かぶりつき、トマト大好き女の子は籠いっぱいに採り、それを平らげた。土の中から続々と現れるサツマイモに喜び、さっそく蒸かし子どもたちに。『うまーい』と大歓声。
 
 「こんな事で大喜びするんだね。それだけ、こういう体験が少ないんだね。この地域に子どもの声が響くこと自体、地域を元気にしてくれる。どんどん協力するよ」。来年の受け入れのために空地を耕し、サツマイモ畑を作るつもりだ。
 この体験活動をなんとか継続し、雪国体験に結び付けたいと、子たちを引率した鎌倉小教諭の斎藤祐介さん(37)は考えている。
「この自然の魅力と共に地元の皆さんとの縁を大切にしたい。子どもたちの反応が次につながります。冬の計画もあります。私たちは三箇に来たいと思っていますが、今回の子どもたちの反応を学校や親がどう見るかです」。三箇を5学年研修の定番にしたい、と考えている。
 さらに、津南地域の子たちとの交流も期待する。「お互いの刺激になるはずです」。まず、冬のプログラム実現をめざしている。

 完成間近のウェブサイト「だいすき さんが」。三箇PRと共にもう一つ狙いがある。「農産物販売を少しずつ始めたい。自分が作ったものが、少しでも売れれば作る意欲が湧いてくる。お年寄りの楽しみにもなるはず」。恩田輝次さんは考える。さらに『三箇地区 都会と交流を進める会』代表の恩田稔さん(61)と共に、地域の将来を考える。

 「この先、三箇を含め津南はさらに高齢化する。冬場の暮らしが大きな課題。特に除雪。我々がカバーしきれない部分が出てくる。この交流を生かしたい」。同サイトで『除雪応援隊』を呼びかける計画だ。

 いま大学などではボランティアが単位取得に関係する傾向にあり、雪国体験と共に除雪ボラへの参加を誘う。「単なる除雪ボラではなく地元との交流を深め、冬に来たら今度は夏に、夏に来たら今度は冬にと、年間交流を作り出したい」。

 恩田稔さんは考える。「我々は雪さえなければいい所だと言うが、実はこの雪こそ、この地域の個性ではないのか。確かに冬の暮らしは大変。その大変さを、少しでも支援してくれる人たちがいれば、それだけでここに暮らす人たちは、生きる気力が湧いてくるだろう。雪の魅力は、我々が考える以上に大きい。この魅力ある資源を、もっともっと活用したい」。
 
心の拠り所の小学校が閉校した三箇地区。その空き校舎を拠点にした活動が始まっている。「三箇の挑戦」はまだまだ続く。     (終)

写真・雪を活用し、交流を通じて雪国暮らしへの支援も呼びかける方針だ(昨年2月、雪遊びする鎌倉小の子たち)

軟弱地層で掘削難航、八箇峠トンネル2017年開通か  10月5日号
 関越高速と北陸自動車を結び、十日町・津南エリアにとって初の自動車専用道となる「上越魚沼地域振興快速道路」の開通が待たれるなか、十日町ー六日町間「八箇峠トンネル」で先月29日、地元の整備推進協議会の会員や行政関係者など60人余が、昨年5月に南魚側で起きたトンネル爆発事故後初めて十日町坑口から掘削現場に入った。十日町側工区は「和奈津層」という砂層的な軟弱地層のため、地層補強しながら掘り進めるため、掘削工事は遅れている。このため今月2日、関係4市町長が新潟県知事と北陸地方整備局長に直接要望し、国の開通計画2017年よりさらに早期の開通を求めた。

 八箇峠トンネルは全長2・84`。十日町側工区は1・21bで2010年着工、今年3月末が工期だったが、和奈津層の掘削に難航し、計画変更で656bで今回の工期は終了。事業費32億9800万円を投入したが、手で握ると砂のように砕ける同層の難工事となり、掘削地層を補強しながら掘り進んでいる。加えて毎分900gもの湧水があるなど、計画通りの掘削ができない現状だ。工事関係者によると、和奈津層はさらに約3百b続くため、「掘削工事の進捗の遅れと工事費の増大」が予想される。

 爆発事故後、工事関係者以外では始めて坑内に入った関係者は、坑内5百b付近で工事担当者の説明を聞き、「砂のような土で、難しい工事なんだろう」と掘削土に触れていた。

 南魚側の爆発事故後、坑内にはガス自動検知機を取り付けると共に、従来の1・5倍、毎分3千立方送風のファンで空気洗浄し、緊急時の発電機も設置。十日町工区は再度工事発注されるが、国の予算しだい。一方、南魚側は「(爆発の)原因調査を進めており、工事再開のメドが立っていない」(井口市長)と、開通の遅れを心配している。残る未掘削部分は、南魚側194b、十日町側556bで、同整備促進協議会では2015年の魚沼基幹病院開業に合わせた開通を要望している。

魚沼米輸出、津南町ごはんが台湾企業と新会社設立、米輸出に積極参入  10月5日号
 日本を代表する米ブランド「魚沼コシヒカリ」の本格的な輸出に、津南町の株式会社ごはん(大島知美社長)が乗り出す。先月29日、台湾で食品加工販売など大規模に手がける民間企業「世界標準無限公司」(台北市、黄千明会長)と、台湾で新会社を設立する基本合意調印式をニュー・グリーンピア津南で行った。新会社「台湾《御飯》有限公司」は、台北市地下街に魚沼米100%の「かまど炊き・おにぎり店」を開店するほか、黄会長が関係する高級デパートや免税店など3店で魚沼米を販売する計画。ごはんは魚沼米や有機栽培米の生産・流通をさらに拡大したい方針だ。

 経済発展する台湾では、人口2300万人の約1万人が富裕層で最高品質、最高の食味に需要が集まる。ごはんは7年前から米輸出に取り組み、「魚沼米」が富裕層に浸透し、今期は新規2社取引を含め、24年産米約50d輸出する見込み。

 両社は今年、台湾で日本貿易振興機構・ジェトロ主催の「フード台北」で出会った。ごはんは、7年ほど前から台湾へ米輸出しているが現地での米保管、販売方法を問題視していたなか黄会長と出会い、業務提携から新会社設立へと事業化が具体化した。新会社は資本金1千万円、黄会長は社長に就任。出資比率はごはん60%、来月設立する。

 「世界標準無限公司」(資本金2億7千万円)は同国の銘茶産地、阿里山(アリサン)で有機栽培茶を生産し国内外に販売流通するほか食品加工など幅広く製造販売。黄会長は「魚沼米は世界的にも有名な米ブランド。台湾から中国本土、東南アジアへの商圏広げたい」と台湾国内では富裕層を中心に販売する計画だ。

 一方、「ごはん」(資本金2500万円)は、主力品の有機栽培魚沼米を主体に輸出拡大をめざすと共に地域米の輸出も手がける方針。現地法人の新会社を拠点に台湾での販路拡大、さらに中国も視野に入れる。新会社による台湾産物の輸入にも取り組む方針。大島社長は「日本国内では減反40%の現状。もはや輸出なくして日本農業の再生はないと考える。日本の食の安全安心を世界に広めたい」と話す。立会人の上村津南町長は「米を通じ、絆を深めようとする取り組み、心から歓迎したい」と新会社のスタートを祝った。

写真・新会社設立で基本合意した大島社長(左)と黄会長(右)、立会人の上村町長

御神体が縄文村を練り歩く、津南町なじょもん焔祭  10月5日号
 ◎…人の暮らしの原点を感じる第2回「焔(ほむら)祭」は29、30日に津南町なじょもん館縄文村で開催。敷地をテント村として開放、15棟余に30人余が宿泊するなど、2日間のイベントに町内外4百人余が参集。夜は炎を囲み、稲はぜ木で作った特設ステージでは太鼓やジャズのリズムが響く秋夜を満喫。昨年に続き参加の太島勝重さん(30、田沢本村)は「縄文人が住んだ竪穴式住居が並ぶ場所に、現代人が集い自然のなかで今と昔が一緒になる。雰囲気が最高です」とにっこり。

 ◎…祭と言えば神輿。縄文村にある、子宝と豊穣祈願の「大摩羅様」。この御神体担ぎを30日に実施。「神輿担ぎは裸にふんどしだろう」と裸一貫で140`余の御神体を15人余でワッショイ。さらに3人の女性を載せ縄文村を巡行し、参集者から大声援を受けた。

 ◎…昼は畑仕事やわら仕事で働き、夜は原始の火を囲み、さらに祭を楽しむという「人の暮らし」再認識がねらい。収穫体験などすると限定通貨を進呈、薪や食料品と交換でき、ゆったりと津南の1日を過ごす仕組みが特徴。世話役の原田義一さん(32、中子)は「自然のなかで一日過ごし、火を囲み語ることで人が繋がる場。子どもからお年寄り、さらに町外者も同じ場に集い楽しむ。津南を舞台に人の輪を広げたい」と話す。同祭は来年も継続予定だ。

20年来の交流、栄村と横浜・栄区、子どもたちが農村交流  10月5日号  
 昨年の県境地震で大被害を受けた栄村。だが震災を契機に、20年余交流ある横浜市栄区が積極姿勢を見せている。先月29、30日に同区の小学生34人が栄村に農村体験に来訪。稲刈りや絵手紙作り、榮ふるさと太鼓と交流し農村生活を満喫。さらに同区は復興支援に栄村アンテナショップを設置する意向を示しており、今後の交流に関心が集まる。

 両村区は同じ名前が縁で平成4年から14年まで11年間、毎年40人余の小学生の相互派遣交流を実施。少子化が進み派遣は中止となったが、栄区民まつりに栄村住民が特産販売ブースを出店するなど交流を継続。平成18年豪雪時には義援金約3百万円、県境地震時は約7百万円の義援金を贈るなど支援を行っている。

 今回の訪問団は栄区から「交流を支援に一助に」と申し出があり実現。栄村の自然・文化を知る「さかえなんでも知り隊事業〜栄村知り隊」を発足。被災した栄村への区民の関心は高く、多くの参加者が集まった。同行した久保田真人副区長は「東日本大震災の翌日で注目されなかった栄村だが、今までずっと縁がある場所。支援したい」と今後も小学生訪問を継続する方針。地元児童との交流再開も求め、さらに密な連携を期待する。

 栄村住民も積極交流に意欲的だ。毎年栄区民まつりに出店、交流を続ける「横浜栄区と交流する村民の会」の関谷美彦会長(66、月岡)は「小学時代の交流で今も栄区の方と文通を続けている人もいる。積極交流は村にとっても大きい。震災を機に、また盛り上げたいと思う」と栄区との友好交流締結などを村に求め、積極交流を呼びかけている。

秋観光、ふるさと案内人におまかせ、津南町が住民ガイド育成  10月5日号
 地元住民がガイド役を務め人気の津南町「ふるさと案内人」。現在は25人が協力し、町のPR役を務める。本格活動を迎える紅葉シーズンを前に3日に秋山郷研修会を行い、15人余の地元案内人が逆巻地内の青岩や切明の河原温泉など巡回。案内人たちは「かつて甘酒村は越後だったが、国境を改めて決める時当時の総代が高熱で本来の境まで行けず今の位置になり、信濃になった」などとそれぞれが持つ知識を情報交換。秋の行楽期を前に準備万端だ。

 同案内人は13年前にスタート。観光バスに住民が乗車、町巡りをしながらの津南紹介が好評。現在はニュー・グリーンピア津南を拠点に活動。春の新緑期、秋の紅葉期が繁忙期。ただ利用者ピークは平成20年の3988人だったが、昨年は東日本大震災による旅行控えなどの影響もあり1587人と減少。巻き返しを図る。同津南の今季の秋山郷巡りは今月15日スタート。平日限定で宿泊者を対象に実施。案内人歴8年目の涌井昭五さん(72、寺石)は「地元のこぼれ話を伝えるとお客さんが喜んでくれる。生きがいになるね。平家の落人伝説、からす踊りなど、ロマンある津南を語りたい」と魅力を話した。

写真・秋山郷切明の川原温泉地で研修するふるさとガイドたち


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