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2008年02月の津南新聞「トピックス」

過去の津南新聞トピックス
私のは「紙おひなさま」  2月29日号
 ◎…「私のおひなさまは折紙なんだよ。いいでしょ」。3月3日のひな祭りを控え、町内各家庭ではおひな様が飾られ始めている。津南町押付の風巻孝行さん、志穂さん方では、手作りのオリジナル折紙ひな人形を5年前から飾る。長女の奈沙ちゃん(5)は「わたしの紙のひな人形、他と違うから好き」とにっこり。大切に保管し、飾るのを楽しみにしている。
 

 ◎…折紙人形を作ったのは祖母の由利江さん(54)。8年前から家業である旅館の客室を手作り品で埋めたいと折紙を独学。アジサイや柿、サンタクロースなど季節に合わせ作るなど、のめり込んでいる。奈沙ちゃんにプレゼントした折紙ひな人形は、さらに力を込めて作った。「だんだん手が込んだものが作りたくなり、ひな人形のなかった奈沙にあげようかな、と。今でも大事にしてくれているから、ありがたいですね」と由利江さんも嬉しそう。手作り折紙おひなさま、今日も家族を見守っている。

97歳の現役画家・高橋勉氏、いまを描く  2月22日号
 新象作家協会50回記念展を昨年、東京都美術館で開いた。その新象作家協会の創設メンバーで、97歳の今も現役の画家として筆を持つ津南町出身の高橋勉氏(東京杉並区、1910年生まれ)。中国・大連で出会った画家・福沢一郎氏とは、その後の獨立美術協会、美術文化協会設立などで共にし、新象作家協会の立ち上げに中心メンバーで加わる。福沢氏亡き後、同協会に関わりながら創作活動を続ける。「私の感性がリアルな現象によって触発され、潜在意識と交感する時、テーマが呼び起こされる」と、3年前の中越地震や世界的な紛争、天災などをテーマに創作を行っている。今月17日、東京杉並の自宅・アトリエを訪ねた。


 「目に見えないものを描く。人と同じものを描かず、独立的なものを。日本人が持っている好奇心が異常な燃え方をした」。1935年、中国・大連で福沢氏らの獨立美術協会展を見る。「前衛作品を見せられ、ガクッときた。特にシュール(シュルレアリズム=超現実主義・過剰なまでに現実)の絵を見て、腹を決めた。あの展覧会が私にとって大きな衝撃となった」。
 

 大連時代に描いた絵は、敗戦ですべて没収。1953年、現在の閑静な杉並に自宅兼アトリエを建てる。「周りには家がなかった。小さな小屋だった。近所の子どもに絵を教える熟もやった」。大連から持ち帰りが許されたのは、わずかな絵の具など画材。「今もしぼり出された絵の具を、記念にとってある」。東京で家族と共に新たな生活が始まった。
 

 自宅の居間には、引揚後、津南に帰った時に描いた50号の『ふるさと』がある。「これは、十二ノ木から外丸の山を見た風景。大連から持ち帰った絵の具で描いた。今残っている一番古い絵かな」。
 アトリエは、建てた当時のまま。描きかけの大小の作品が並ぶ。襖1枚の大きさの作品『天災一過』。昨年、東京都美術館で開いた新象作家協会50回記念展に出品し、反響を呼んだ作品。「今も問合せは時々くる。災害の被害者はいつも子ども。感じてくれればいい」。
 

 画集に、今の心境に通じる言葉がある。『困窮の中に身を置き。なぜ筆を折らなかったのか、それはただ、私の心の中に、描かせようとする何かがそうさせた、というほか言葉がない。これこそが人間の業というものかもしれない』。120人余の会員の新象作家協会。50回記念展で若い会員が飛騨高山のロッキングチェアを贈ってくれた。「毎日5時間は、絵を描いている。自分をそうさせる何かがある」。


 高橋氏は2000年10月、縄文がテーマの百号の大作など48点を津南町に寄贈。同年に記念展開催。5年後には津南町なじょもん開館で記念展。「絵を一つの箱・建物に収めることが約束になっている。津南の役に立つ、教育の役に立つと受けた以上、それを何らかの形で実現してもらいたいという思いがある」。作品は町内岡の収蔵蔵に保管されている。


写真・今月17日、東京杉並の自宅アトリエで

中山間地交付金活用、小赤沢活性化倶楽部、秋山郷再発見を  2月22日号
 中山間地域直接支払い制度を活用し、地域おこしに取り組む秋山郷・栄村小赤沢地区。8年前、全戸加入で結成の「小赤沢活性化倶楽部」(代表・福原洋一代表)は4部会を作り、各戸が得意分野で知恵や技を出し合い地区を盛り上げている。今月19日、秋山郷再発見の「小赤沢いいとこ探し」を秋山郷とねんぼで開いた。住民40人余が参加。「タル山の滝はすごい」、「峠の炭酸水もある」など、「地元でも知らない所がいっぱいある」など次々と名所、旨いもの自慢が出た。福原代表は「地元を良く知らない人は多い。今度、地元向けツアーを開きたい」と提案。参加者から「それはいい」と賛同の声が上がった。
 

 同倶楽部は、中山間地域直接支払事業がスタートした平成12年、農家や地元に直接入る交付金の活用を考え設置。全戸47戸が4部会に加入。発足の年、炭焼き窯を作り、毎年10、11月炭焼きを行い、年間1dの炭を生産。志賀高原や地元宿泊施設に供給している。
 部会活動では、炭焼き部会(山田松雄部長)が炭の供給ほか炭焼きで出る木酢液を田畑の土壌改良剤に活用。農業部会(山田直広部長)は荒廃地の活用で、そばや雑穀栽培に取り組む。コミュニケーション部会(福原和人部長)は春・秋の観光シーズンに日曜市を開催。特産開発部会(福原孝平部長)は高原花豆の栽培研究に取り組むなど、分野ごとに小赤沢の特色作りに取り組んでいる。

ミス十日町雪まつり決まる   2月22日号
 ○…第27代ミス十日町雪まつりは金子さんら3人に決定―。ミス十日町雪まつりコンテストの公開本審査が17日、クロス10で開かれ、ヨサコイ踊りが好きという十日町市宮下西の金子真弓さん(19、呉服販売会社勤務)と、スポーツジムに通う十日町市太田島出身の金澤亜希子さん(26、不動産会社勤務、新潟市在住)、テレビ神奈川のレポーターも務めるという南魚沼市出身の大平真理子さん(20、法政大1年)が選ばれた。
 

 ○…同コンテストには県内在住者はじめ、広域市町村に帰省先があれば県外在住者でも応募できることから県内外から41人が応募。予選をクリアーした16人がこの日の本審査に臨み、あでやかなきもの姿で女王の座を競った。


 ○…ミスに選ばれた3人は「名前を呼ばれて本当にびっくりした」などと喜びながら「十日町のすばらしいきもの文化と伝統、さらにコシヒカリなど、地域の良さを多くの人にアピールしたい」などと抱負を語っていた。今後1年間、姉妹都市交流などのイベントに参加する一方、親善大使として地元のPRに努める。

昭和しのぶ民具を保存展示   2月22日号
 歴史を偲ばせるスゲボウシやミノ、カサ、スッポンなど―。地域で「ワラ細工の名士」といわれ、平成12年に79歳で他界した宮沢秀義さんの手づくり品やその道具を、甥の宮沢米隆さん(72、卯ノ木)が旧宅の一室に保存、展示している。昭和初期から使われていた生活用具や大工道具など小物を含めると2百点余りが並び、ミニ博物館の様相だ。米隆さんは「捨てるのはもったいないととっておいたもの。歴史を感じる部屋になっている」と話している。
 

 秀義さんは旧田沢村出身。終戦後、縁あって現在の宮沢さん宅に養子に入った。若い時から冬になるとワラ細工に取り組み、晩年は自宅前に作業小屋を建てて製作するほどの熱心さだった。米隆さんは2年前、同地に住宅を新築した際、作業小屋を壊そうと中を覗くと、秀義さんが作ったワラ細工や道具がそっくり残されており、「懸命に取り組んだ製品や道具を捨てるのは忍びない」と旧宅に保存することにした。
 

 保存してある旧宅の一室は、かつて秀義さんが使っていた6畳間。雪国の生活用品だったスゲボウシやスッポン、はしごセナコウジ、また畑仕事に使ったテゴや苗カゴはじめ、自分で作った木製の「ミノ作りの型台」や「スッポンの型台」、ゾウリ作りに使う「のめし」など、貴重な昭和初期からの生活用品や道具が残され、昨年夏から手書きで品名を付け、整理している。米隆さんは「昭和の暮らしの一端を偲ぶことができる場になれば」と話している。

農山村体験交流、相互が刺激に、栄村で受入れ  2月15日号  
 今年から国が実施予定の「子ども農山村交流プロジェクト」受入れをめざす栄村は、8日から11日まで試行的に保育園児と大学生を受入れ、農家民泊や雪体験、郷土料理作りなどの交流体験プログラムを実施した。最終日には参加大学生と今後に向けた意見交換を実施。改善点や課題などが出た。同村の子どもプロ推進チームは「試行的だったが課題が見え、受入れを実現したい」と新たな誘客事業への取り組みに積極姿勢を見せている。


 国モデル事業の指定を視野に、同村では子ども交流プロジェクト推進チーム(リーダー・宮川幹雄教育長)を作り、事業実現に乗り出している。今回受け入れたのは、昨年から交流する東京・東大駒場保育所園児16人、6年前から学生交流する京都精華大の学生30人。農家民泊は3軒に学生8人が分泊した。
 

 冬の交流体験から「豪雪の村」と位置づけ、入村式を行い、雪だるま作りや滑り台、スキー、スノボーなどの雪遊び、どんど焼き、耳団子作り、ワラ細工など郷土行事体験など実施。大学生は村内民家を訪ね、「お茶のみ話し」交流も実施。最終11日、京都精華大の学生と村担当者や村民などで今回の交流プログラムについて意見を交わした。
 

 大阪・八尾市出身で環境社会学科4年・浜中真理子さんは、2回目の栄村訪問。「この村から学ぶことは、とても多い。私たちがこの村に何ができるのか。村の人と話し、『水がおいしい、自然がいいですね』などと、この村の良さを話すことで、村の人たちが気がつくことがあるのでは。この体験交流は、そうした場作りになるはず」と話す。

 
 受け入れ農家は、どう感じたか。大阪、京都、沖縄出身の女子学生3人が一泊した阿部徳重さん(69・大久保)妻・初代さん(65)夫婦。農業は田30e、加工トマトや野沢菜、ズッキーニなど1・5f耕作。「初めての経験。日頃若い人が少なく、自分たちにも刺激になった。雪国暮らしや生活など興味を持ったようだ。何も特別な振る舞いはせず、いつもの生活の中に来て、泊まってもらっただけ。いい交流ができた」と話す。
 

 同プロジェクトの顧問アドバイザーの京都精華大・松尾眞準教授は「受入れ側の意識が大きな課題。特別ではなく普段通りが大切。この栄村プログラムを他の大学の学生にも呼びかけたい。学生同士の交流を通じ、村民への刺激にもなるだろう。人と人との結びつき、そのいい関係を作っていきたい」と見ている。

写真・栄村大久保の阿部さんを訪ね、茶飲み話しをする京都精華大の女子学生
 

大地に向かう農民魂・小島喜由遺稿集発刊  2月15日号
 大地に向かう農民魂で鍬とペンを手に、新聞や雑誌などに昭和18年から投稿し続け、2年前の大晦日12月31日、屋根からの落雪の下敷きで死去した津南町芦ヶ崎・小島喜由さん(当時79歳)の遺稿集が発刊された。遺族らが自費出版。初版3百冊はすでに手元にく、多くの反響により今月22日、増刷発刊される。
 

 この「小島喜由遺稿集ー投稿で見る昭和平成、一農民の記録」は、日本農業新聞や新潟日報、本紙・津南新聞、十日町新聞などに昭和18年からの投稿を中心に編集。750n余の大作。少年期に始めた川柳や俳句、短歌や昭和30年代の農作業風景も掲載。小島さんは投稿が載った新聞や雑誌、思いを綴った原稿などを保管し、ダンボール4箱にぎっしり詰まっていた。
 

 遺稿集は長男・哲也さん(51)と知人の編集者が編さん。「本を出さないかと生前から何度も勧められていたが、親父は『そんな大それた人間じゃない』と断り続けていた。この本は、息子として最初で最後の親孝行となった」と哲也さん。編集者の全面協力で資料整理、構成、本作りまで1年を要し昨年末発刊。発行日は一周忌の12月31日。
 

 遺稿集には、戦前から戦争を境に変わる農業情勢、高度経済成長期の生活ぶり、雪国暮らしなど戦前、戦中、戦後、社会情勢に振り回された農業現場からの肉声が載っている。「親父の足跡を本にすることは、この本を持つ多く方の中で、親父は生き続けていると思う」と哲也さん。750n、厚さ4a余の同著に、農に生きた人間の生きざまがぎっしり詰まっている。 
 

 同著発刊は新潟日報事業社、定価3千5百円(税別)問合せは同社025‐233‐2100。

ミッドナイトの吉田栄作さん、津南で舞台挨拶  2月15日号
 ◎…「あんな巨大な雪のセットで撮影したのは僕らだけ。津南ロケは印象的でした」。昨年1、2月の3週間、津南ロケを行った映画「ミッドナイトイーグル」(松竹)上映会が10日、町文化センターで開かれ、主演のひとり吉田栄作さんが舞台あいさつ。昼夜の2回上映に7百人余が来場。南魚沼市からの神保美樹さん(35)は「雪がすごく印象的でおもしろかった。感動しました」と目元をハンカチで押さえていた。
 

 ◎…吉田さんは「週に一度、十日町のジャスコに行くのが楽しみだった」、「ある撮影日、温度計を見たらマイナス20度。それ以来温度計を見るのをやめた」など裏話を披露。観客の質問にも答え、握手するなどのサービスに観客は大歓声。上映後、居酒屋「むうみん」で40人余を前に深夜までライブを行うなど、津南での触れ合いを楽しんだ。プライベートでも来町している吉田さん。「レストランやお酒を飲みに行き、本当に皆さん温かい人が多いと思った。ロケの協力がなければ撮れなかった。また別の作品で津南に来たい」などと感謝していた。吉田さんは今春、東京・新国立劇場20周年記念演劇「オットーと呼ばれる日本人」に主演予定だ。

十二講行事、子どもたちに伝えたい  2月15日号

 ○…「山への感謝を子どもたちに伝えたい」と、津南町割野で12日夜、山の神・狩猟の神を祀る十二社で「十二講」と「松焼」を行った。十二講儀式の「弓引き」は昨年60年余ぶりに復活。住民百人余が参加し、今年の五穀豊穣と無病息災を祈っていた。
 

 ○…「弓引き」は、同地区がかつて山を借り、薪や木材など生活必需品を得ていた南の太田新田方向に向かって区長が弓を射た。弓引きを行う有志グループ・割野友野会の山田進会長(46)は「貴重な資源を供給してくれた山への感謝は大切なもの。子どもたちにも見てもらい、これからも続けたい」と話している。

インターハイ・女子リレーで十日町総合優勝、十日町準優勝  2月8日号
 ◎…インターハイ最終日、ドラマが待っていたー。第57回全国高校スキー大会クロカン競技は3日から6日まで、十日町吉田コースで開催。全国の強豪28校が出場の女子リレー。地元十日町総合が優勝、十日町が準優勝の快挙を成し遂げた。最終6日、劇的ドラマを予感させるように晴れ上がった十日町吉田コース。全国からの応援観衆で埋まった。当日朝、会場に向かう車の中で、十総女子キャプテン3年の恩田紫央里(津南中)は、すぐわきに同乗しているリレーメンバーの2年の中島由貴(中里中卒)と宮尾彩子(中郷中)にメールを送った。『一人ひとりが役割を果たせるよう頑張ろう』。なぜメールか。「言葉にすると自分が泣きそうだったので」。すぐに中島から「あきらめないで走ってきます」、宮尾からは「死に物狂いで走ります」。メールが気持ちを一つにした。1走中島が5位で恩田につなぎ、得意のフリー、3位でアンカー宮尾へ。前を行く飯山北、飯山南を中間の上りで一気にぬき、トップに立つと軽快なピッチで飛ばし歓喜のゴール。中島と恩田が駆け寄り、抱き合って優勝を喜んだ。3年前の全国制覇に続く優勝の十総・伊佐貴光監督。「自分の力を信じて、普通に走ればいいと話したが、優勝して当然の雰囲気の中、よく走ってくれた」と笑顔で健闘を称えた。
 

 ◎…女子部員8人の大所帯の十高。学校枠で出場できないメンバーの思いを3人が実現した。昨年春、チーム目標「全国リレー優勝」を決め、厳しい練習を積んできた。レース当日朝、「やるしかない」と誓い合った。前半トップで先行した2年・1走保坂美紀(十日町中)、「先輩2人を信じて」と好位置で2走・フリー入賞の3年瀧澤三咲子(小千谷南中)へ。「最後の大登りで仕掛けた」と3人抜き4位でキャプテン3年小林祐佳(下条中)に。個人で入賞まであと一歩と悔しい思いの連続だったが、「目標を意識しすぎず自分を信じよう」とメンバーに話した言葉を自分で反復し、前を行く十総・宮尾を追い2位に上がり、そのままゴール。2年前、秋田インターハイで優勝経験を持つ奥村慶子監督。「この1年、やることはやってきた。自分を信じる、その言葉通りよくやってくれた」と準優勝を称えた。

津南高最後のクロカン選手・志賀早紀、笑顔で有終  2月8日号
 ◎…スキー伝統校・県立津南高は3月で60年余の歴史に幕を下ろす。最後のクロカン・志賀早紀。十日町吉田で2日開幕、6日終了した全国高校スキー大会に出場、クラスメイトやPTA関係者の声援に応え力走した。志賀選手は「自分にとっても最後のシーズン。皆さんの途切れることのない声援に励まされ、ここまでやって来られた」と日焼けした顔で満足そうな笑顔を見せた。


  ◎…昨年の富山インターハイ。先輩2人と最後リレーに出場。アンカーで目標の入賞を果たし3人で抱き合って泣いた。あれから1年。伝統の津南高クロカン部、部員は志賀1人。順天堂大時代、箱根駅伝で優勝テープを切った山田和人教諭がコーチ。この1年、共に走った。「常に目標を持って前へ。私に出来るアドバイスはそれだけです」。フリー、クラシカル共にコース沿いから「早紀がんばれ」の大合唱が飛んだ。
 

 ◎…クラスメイトが内緒で応援幕を作った。呼びかけた林みさきさん。「早紀が合宿に行っている間に、職員室前の廊下に幕を張り、自由に応援メッセージを書いてもらった。先生も協力してくれました」。長さ2・5b、幅1bの寄せ書き応援幕『志賀早紀がんばれ、夢に向かって』。30人ほどがメッセージを寄せた。コースわきで掲げて応援。小学3年からスキー大会出場を見守ってきた母・政子さん(47)。「ご苦労様と声をかけます。これまで良く頑張ったと思います。皆さんのおかげです」とゴールした我が子を見て、涙声で話していた。志賀選手のラストランは、今月17日の津南町スキー大会。

全国中学校スキー、津南選手が活躍  2月8日号
第45回全国中学校スキー大会が1日から4日まで石川県白山市で開催。白峰クロスカントリー競技場で開かれた距離種目では、女子クラシカル3`で野上茉弥(吉田3)が優勝したのをはじめ、個人種目で男女6人が入賞した。またリレー種目では、十日町広域じから女子2人、男子3人が出場。女子は大会記録を更新する8連覇、男子も7年ぶり11回目の優勝を果たすなど活躍した。一方、アルペン女子回転で金沢陽(津南2)が7位入賞。来季につなげる活躍を見せた。(写真はいずれも石川・白峰クロカン競技場で)
男子フリー10位・柿崎
 

 ○…苦手なクラシカルで不本意な順位に顔をしかめた柿崎。得意とするフリーでメダルを狙ったが、気負いすぎて10位。それでも入賞の賞状を手ににっこり。「個人フリー優勝はインターハイまでお預けです」と高校での巻き返しに決意を見せた。


津南中勢「全力出した」
 ○…津南中から入賞は逃したものの、女子クラシカルに本田雅(3)と高橋麻弥(2)、男子クラシカルに藤ノ木勇人(3)、クラシカルとフリーに藤ノ木光(2)が出場、健闘した。本田は「下りで攻めきれず悔いが残るけど、楽しんで走れました」と言えば、高橋は「風邪で体調を崩してしまいました。来年、また全国に来ます」と意欲。男子の勇人、光も「全力を出し切ったので悔いはない」と満足そう。来季3年の光は「もちろん来年も来ます」と全国出場を誓っていた。

小さな応援
 ○…「お兄ちゃん、がんばれ」―。初の全国舞台に立った藤ノ木勇人選手(津南3)。両親とともに2人の弟、祥真君(中津小5)と陽向(ひなた)くん(同1)も応援に駆け付けた。真夜中、車で片道5時間かけて駆け付けての応援、長旅も気にせず声援をおくった。「お兄ちゃん、かっこよかった。ぼくもがんばろうかな」と陽向くん。小さな体から、大きな声が会場に響いた。

 津南中スキー部監督で中体連スキー部の高橋哲成部長「1日目と2日目以降は雪質が変わる難しい条件のなか、選手、スタッフともよく頑張ってくれた。体調を崩した選手もいたが、後半に持ち直し、すばらしい成績を出してくれた」

インターハイ・十日町高男子、リレー6位入賞  2月8日号
 ★…女子準優勝に刺激された十高男子。秋田、北海道、山形など強豪38校が出場。3年の1走斎木裕(吉田中)は「このリレーがラストラン。最後まであきらめない、と自分に言い聞かせた」と同じ3年・2走キャプテン金澤郁馬(宮内中)に。前日のクラシカルの悔しさをバネに7人抜き8位で、3走の絶好調、1年・宮沢大志(水沢中)。「とにかく前へ前へだけ考えた。皆を信じて落ち着いて入れた」と区間1位の快走で5人抜き3位へ。同じ1年中嶋崇仁(六日町・大巻中)も得意のフリーで飛ばし、強豪北村山と最後の直線で競り、0・3秒差で6位入賞。「もう一歩足りなかった。この悔しさは来年に持ち越したい」とリベンジを誓った。金澤キャプテンは「女子準優勝が男子に勢いをつけ、チーム全員の思いが男女入賞に結びついた」とチーム力の勝利を強調した。

進む統合問題、一方で疑義も多数  2月1日号
 小中学校の再編を視野に取り組む津南町の町長諮問機関「津南町立小中学校適正規模検討委員会」(委員長・草津進副議長、委員27人)は昨年11月から小学校区ごとに、町教育委員会と合同で地区懇談会を開き、先月29日の上郷地区を最後に、中央部以外の全町6地区での懇談を終了。4日に5回目の検討委員会を開き地区懇談を検証し、3月に町長答申する方針。草津委員長は「住民の思いや考え方に地域差があるということがよく分かった。地域懇談での意見を尊重し、答申をまとめたい」と話している。


 同検討委と町教委は、懇談会開催に先立ち、津南小校区を除く全町1925戸(町全戸の52%)を対象に住民アンケートを実施。学校統合の賛否についても聞いている。意見交換では、「複式や小さい学校のデメリットが強調されている印象だが、小さい学校の子たちに何か問題があるのか、成績が極端に悪いのか、社会性に問題があるのか。配布された資料を見ると、そう感じる」。これに対し根津紘教育長は「学力が劣っているわけでも、問題が起きているわけでもない。子どもたちの教育環境を良くしたい。そのためにはどうすればいいか、それを考えたい」と答えた。
 

 さらに、「中学校の校区を廃止してほしい。津南中等校に行く子は選択の余地がある。同じ公立中学、同じように選択できる体制が等しくあっていいはず。中学を選択できるのは、津南町教育の大きな財産となるはず」。あるいは「中学や高校の全国スキー大会に行く子たちは、ほぼ決まった小学校からが多い。それは小学校間での対抗意識がお互いを高めている。学業も同じこと。それが統合されれば、競い合う必要がなくなり、津南町の活力はなくなっていくだろう」など、多様な意見が相次いだ。



 住民アンケートの設問「学校統合について」校区別アンケート結果(数字は全体数)◆統合反対=津南原5%、三箇9%、外丸8%、芦ヶ崎17%、中津15%、上郷小17%、上郷中12%◆できるなら学校を残したい=津南原40%、三箇27%、外丸39%、芦ヶ崎46%、中津40%、上郷小43%、上郷中32%◆教育面から統合やむなし=津南原38%、三箇42%、外丸48%、芦ヶ崎33%、中津42%、上郷小38%、上郷中51%。

湿り空気(モイスチャー)で脱水・炭化、画期的システム開発  2月1日号
 高圧の蒸気ではなく、低温で作用する湿り空気(モイスチャー)活用の特許を持つ津南町の創造舎(内山満社長)は、モイスチャーを使った生ゴミなどを「脱水・炭化」するシステムを地元涌井鋼業(涌井伸行代表)と共同開発し、先月の試作機実験で想定どおりの結果を得た。実験した生ニンジンが、モイスチャー装置で脱水され、黒く炭化し、実用化への一歩を踏み出し、関係者の関心を集めている。
 

 このシステムの基本は、湿り空気(過熱水蒸気)が持つ『逆転点温度』(引用参考)の活用がある。湿り空気は、ある一定温度を超えると、熱空気より乾燥速度が速くなる性質を持つ。創造舎の内山社長は、自身が持つ湿り空気発生のシステムを活用し、家庭生ゴミなどの乾燥処理システムを考案。地元の涌井鋼業とタイアップし、試作機を作製。先月20日、初めての実験を生ニンジンを使って実施した。


  創造舎のプランをもとに涌井鋼業が製作した機器は、高さ30a余、幅25a余の立方体。今回は熱源に卓上ガスコンロを使用し、水分浸透、保水に優れる陶器片を使い、水分が点滴のように補充され、湿り空気を発生。その上部にステンレスのアミを設け、そこにニンジンを置く。一定の過熱状態を保つため、全体を缶でかぶせる。約1時間後、ニンジンは原型を留めたまま脱水され、黒く乾燥し、実験は成功した。

 創造者・内山社長は「シュミレーション通りの結果が出た。今回はシステムの効果を実証するのがねらい。これをベースに、家庭用の生ゴミ処理機などへの応用が可能になる。用途は広い」などと商品化への可能性を話している。共同開発で製造を担当する涌井鋼業・涌井伸行代表は「これは試作機。コスト面や軽量化など、いくらでもできる。シンプルすぎるくらいシンプルな仕組みだけに、製品化は取り組みやすいはず」と話し、同様に期待感を話している。
 

 逆転点温度=過熱水蒸気には水分凝縮を伴う高い熱伝導性があり、一定温度を越えると乾燥速度が高温空気より速くなる性質があり、その境となる温度を逆転点温度(170度以上)という。この逆転点の存在を活用した料理機器などが開発され、食品加工分野などでの研究が進んでいる。

九州に津南アピール、雪・食・技で特色化、ニューグリーンピア津南  2月1日号
 自然豊かな地域を活用し、都市部からの誘客アップを図るニュー・グリーンピア津南。4年前から中学・高校を対象に営業活動に焦点、九州方面に「スキー場を貸切できる施設」をPR、誘客を増やしている。今冬季は福岡の2高校、新潟市1高校が貸切宿泊。27〜29日、九州の県立福岡工業高2年346人が修学旅行に訪れ宿泊。「食事がよく、スキーもできる」と好評。同津南は今後も九州からの誘客増を図る方針。
 

 同高の修学旅行は4泊5日。初日は東京見学、27〜29日は津南へ。30日は再び東京見学し羽田から飛行機を使う。東京からバスで3時間余と、関東からの交通アクセスも来町の要因に。同高の野見山秀樹校長は「今まで志賀高原だったが、津南のような豪雪地帯でのスキー旅行は、生徒の刺激になり、良い思い出作りになる。食事も、サービスもいい」と高評価する。
 28日夜はナイター営業も実施。同高から「生徒の一生の思い出に、松明スキーをやりたい」と要望があり、同津南としても数年ぶりに準備。野見山校長を先頭に生徒36人が両手に松明を持ち、スキー・スノーボードで夜のゲレンデを疾走。白い雪上に赤い火の渦が生まれ「すごい、きれい」と生徒は感嘆。松明を持ち滑った田中俊旭くんは「福岡の人工雪とは全然違うから、気持ちいい。松明を持って滑るのは初めてだったけど、おもしろかった。また来たい」と嬉しそう。

栄村・島田副村長辞職、近く出馬表明  2月1日号
村長選出馬が有力視される栄村の島田茂樹副村長は31日辞職し、今月早々にも村長選に向けた動きをスタートさせる方針。現職・高橋村長後援会と栄村を明るくする村民の会などとの連合後援会を設立し、同席で出馬表明するものと見られる。辞職の31日午後5時過ぎ、島田副村長は職員から花束を受け、通いなれた役場庁舎を後にした。島田氏は「お世話になりました。皆さんの頑張りに期待します」と職員に感謝し、高橋村長の送りで帰宅した。


  任期満了(5月14日)に伴う村長選は、4月15日告示、20日投票で実施。高橋村長の後継として出馬予定の島田氏は、同村長のもと、総務課長、収入役、助役、副村長と高橋村政を支えてきた。
村議会(定数12)で2議席をもつ共産が支持し、非自民、脱政党的な村政運営の高橋村長と、保守・自民系グループとの確執は深く、今回の新人擁立劇でも、思惑と憶測が交錯している。ただ、「高橋村政の後として無難な人」(自民系)との見方が体制を占めると、新たな新人出馬、擁立の動きが難しくなる情勢にある。一方で、「20年間、村長選挙をしていない。まさか、今回の無投票というわけにはいかない」とする見方が広がりつつある。この動きが、どう具体化するか、大きな関心が集まっている

t台湾から小学生、雪国交流に歓声  2月1日号
 「台湾と日本は数十`離れていません。台湾と日本の架け橋になりたい」―。台湾の首都・台北市の日本語塾・元気日本語補習塾は「日本の原風景を知りたい」と27〜1日、子どもたち11人、保護者6人の総勢17人が津南を訪れた。台北児童は秋山郷・萌木の里(山田龍一管理人)に宿泊、同所で雪遊び、中津小(澁木保之校長、75人)児童と交流、スキー体験やアンボ作りなど津南を満喫。亜熱帯に住む子どもたちは初めて見る雪に驚き「寒い」と言いながら雪と遊び、津南体験に感激していた。


  台北児童受入れは同塾の斎藤晋輔さん(33)が3年前の開塾時から企画。社団法人・地域経済総合研究所(本部・東京)を通し、十日町市の同研究所理事・樋口明弘さん(千歳不動産)、会員の古澤有三さん(越路商事)が仲介したが、中越地震で一度中止に。昨年末山田管理人に連絡を入れ実現、3年越しの思いが実った。樋口さんは「津南は観光資源が豊富な宝の山。雪もとびっきりあり、南国の子には雪遊びがいいと思った」と話す。同塾の斎藤さんは「日台交流の機会がようやくできて嬉しい。津南の方の対応も良く、雪のない台湾の子が、雪と触れ合うのは一生の経験。これからも交流し、ぜひ台湾にも来て欲しい」と今後の積極交流に意欲的だ。
 


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