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2013年04月のねっとわーく

過去のネットワーク
山田美江子さん 59歳 秋山郷屋敷
 秋山婦人防火クラブの新隊長に今春就任。6月の村ポンプ操法大会にも出場する。「最初は火災時などの炊き出し係でしたが、10年余前から操法もやるようになりました」。地域を守る同クラブは現在30代から60代の女性11人が所属。「一番上と下は親子並みに歳が離れています。消防からは『大会に華を咲かせてくれ』と言われていますので、また訓練しなきゃですね」。頼もしき女性たちだ。

 夫の政敏さんの実家である、秋山郷に来て26年が過ぎた。「家を継がないか、と言われUターンしました。今は四季豊かなこの地に来て良かったと思います」。家業は東京電力切明発電所の補修や雑務を受ける建設会社。息子ふたりも共に働く。「昨年、長男が代表になりました。3代目になります」。ただ息子たちは独身。「そろそろ嫁の顔が見たいとは思いますね。縁次第ですが」。

 実家は福島第一原発事故で全村避難となったあの飯館村。「秋山に来てからは東電の仕事で食べているから皮肉ですね」。親族は未だ避難生活を送る。「両親も農業をしていたので、未だに気落ちしています。原発から50`も離れており、全村避難は皆『まさか』と思ったそうです」。今月19日から5日間、実家に戻った。震災後、4回目の帰省。先祖の墓参りは欠かさない。「除染は進めているようですが、今後どうなるかは誰にもわかりません。いつか戻れるようになるんでしょうか」。放射能の影響が残る、故郷の今に胸を痛めている。
 
 26日から29日、十日町情報館で開く『写真展・飯舘村』。撮影者の長谷川建一さんとは中学の同級生。「今年1月の還暦同級会で再会しました。頑張っていますね。写真展にはぜひ行きたいと思います」。
(2013.04.26)

山田葉子さん 68歳 秋山郷屋敷
 鳥甲山の麓、秋山郷屋敷集落。高台にある自宅からは、溶岩が作り出した自然芸術の柱状節理「布岩」がよく見える。「紅葉の時期は本当にきれいなんですよ。ぜひ見に来て下さい」。雪解けが進み、5月になれば一気に新緑の季節。楽しみにしている山菜シーズンも間近。「最初にフキノトウ、次はコゴミ、それからゼンマイやワラビ。6月ぐらいまではずっと山に入っています」。取り組むワサビ栽培も始まって忙しいが、春は最も楽しい季節だ。

 30年余前に、夫の磨盛さんの実家に移住。生まれは長野市。最初は戸惑った。「知り合いはおらず、3年ぐらいは不安がありましたね」。今はすっかり秋山の母ちゃん。人との距離が近い生活にも慣れた。「大根がいっぱい採れたからと持ってきてくれたり、夜に誰々の家に電気がつかないが大丈夫かと心配したり。みんな優しいんです」。地域で過ごす安心感がある。「冬はお茶のみで各家を回るんです。長い冬を乗り越える良い風習だと思います」。男の子3人の子宝に恵まれる。長男、次男は同居し、末っ子は十日町市に住む。「みんな近くにいてくれるので、ありがたいですね」。0歳と1歳の孫を連れ、末っ子が実家に戻る時はいつも楽しみ。「自分の子の時は無我夢中で育てたので記憶が薄いですが、孫で改めて赤子の成長を見ています。いつの時代も孫は可愛いものだと思いますね」。

 村の下駄ばきヘルパー事業でヘルパー2級を取得。10年余、入浴介助など手伝う。「お年寄りと話すのは勉強になります」。秋の繁忙期は民宿のお手伝いも。「地震以降、お客さんが減ってしまいました。宣伝してまた多くの人に秋山郷を見てもらいたいですね」。
(2013.04.19)

福原年子さん 63歳 秋山郷小赤沢
 ワラを編み作る猫用のペットハウス『ねこつぐら』。愛らしい郷土の民芸品として人気は高いが、作れる住民は減っている。その数少ない職人のひとり。「まだまだ下手なので冬にできるのは5個ぐらいが限度かな」。地域の先輩に習い、ねこつぐら作りを始め5年余。「下手な自分の作品でも買ってくれる人がいるのは嬉しい。もっと上手くなりたいと思いますね」。現在、栄村でも片手の指ほどしか製作者はいないという。地域の技を今に伝える担い手だ。

 上野原に生まれ、4人姉弟の長女。中卒後に集団就職で名古屋に一時出る。家族の事情で戻り、20歳の時に6歳上の夫・弘道さんと結婚。「歳が離れており、紹介されるまでほとんど知らない人でした」。ただ弘道さんの母、おてさんは地元の小学校講師を務めており、習った恩師のひとり。「あとで聞いたのですが『ぜひうちの息子の嫁に』と強い押しがあったみたい」。縁を作った義母も晩年の10年余は介護が必要となり、自宅で看た。その合間にアケビツルの籠やねこつぐら作りの手仕事をスタート。「ある程度自分の時間を持たないと介護も大変。手に職も欲しかったから始めたんです」。その義母も3年前、93歳で他界した。「時には声を荒げることもありましたが、何をしても『ありがとう』と言ってくれる人でした。家が大好きだったから、最後まで自宅で看られて良かったと思います」。

 ワサビ栽培を40年余続ける。「種から全部育てています」。雪消えと同時にすぐ新芽が出る。1年の農業の始まり。「今、山間地は人が減っています。ただ、今ある畑や田んぼは先人たちが作ってきた大切なもの。べと(土)を守っていきたいですね」
(2013.04.12)

近藤ヤス子さん 63歳 秋山郷 丸山荘
 秋山郷に佇む築140年余の古民家民宿の女将となり10年目。「見よう見まねで始め、ようやく慣れてきた感じです」。昭和40年代から母の山田はなさんが独りで切り盛りしてきた宿。だが平成15年に81歳で死去。夫の春雄さんと共に長野市から引越し、家業を継いだ。「5人兄妹の真ん中で、実家の一番近くに住んでいたのもあります。長野市に家もあるんですが、今は息子たちが住んでいます」。2人ともサービス業だったが、宿の経営は未知の世界。「ただ生前母が『誰かやってくれれば』と話しており、夫婦でやろう、と決めました」。囲炉裏の煤で燻され独特の黒光沢を持つ太い柱、高い天井など趣きある民宿のリピーター率は5割。「来た方は凄く懐かしい感じだ、といってくれます。ありがたいですね」。アットホームな雰囲気も魅力だ。

 少子高齢化が進む地区。民宿も数が減り、今は20件余。「私たちが来てから小赤沢だけで4件も減りました。寂しいですね」。V字型の中津川渓谷、上野原の天池、多種多様な木工品。そして森と共存し暮す住民。「新しいものでなく、今あるもので魅力あるものは多いはず。もっと宣伝すれば、また人が多く来るのでは」。日本百名山・苗場山のふもとの小赤沢。「今、南アルプスでは山ガールがたくさんいると聞きます。まず足元から何が魅力か見つめ直し、積極的な発信をしたいですね」。観光業者、行政、観光協会のまとまった動きの必要性を強く感じている。

 丸山荘名物はサルボボのプレゼント。「母の時代から受け継いでいます。山に行くときの安全祈願として渡していたみたい」。冬の間作り貯め、お客様に渡す。「もうすぐ新緑の季節。また忙しくなりますね」。
(2013.04.05)


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