お問い合わせへジャンプ!
広告掲載のご案内へジャンプ!
購読のご案内へジャンプ!
トップページへジャンプ! 今週の津南新聞へジャンプ! テーマ別掲示板へジャンプ! なんでも掲示板へジャンプ! 妻有に生きるへジャンプ! ねっとわーくへジャンプ! リンク集へジャンプ!
home > 今週のねっとわーく

2005年08月のねっとわーく

過去のネットワーク
桑原 香織さん  25歳  松海寿司
先月4日、二男・謙信くんが誕生。1ヵ月余りが過ぎ、すくすく育っている。「家族の協力で、母乳で育てています。やはり上の子と違いますね。なにか、きかない感じです」。昼間もスヤスヤ、夜もよく眠ってくれる。「先日は7時間ずっと眠り、親の方がびっくりしましたね。この足を見てください。お父さん似で指が長く、大きいです。きっと背が高くなるでしょうね」。中学時代の2年先輩だった夫・亮さんは180aの長身。実は3歳の長男・宙舞(そらん)くんも、保育園の同年代より頭ひとつ大きい。「ふたりとも父親譲りのようです」。
 学生時代、各種検定にチャレンジ。パソコン検定3級、簿記3級、秘書検定3級などを取得。「自分の時間ができたら、漢字検定にチャレンジしたいです。おもしろそうですから」。すべて仕事に役立つ資格ばかり。「でも、人から教えていただく事が、やはり一番身についていき
ます。接客はまったく知りませんでしたから、お母さんから一から学び、今も学んでいます」。家の目につく所に、お父さんの書による言葉が貼ってある。「笑顔やありがとうなど、日頃忘れがちな言葉です」。
 2人の息子たちの誕生日はひと月違いの4日。夫婦は10月で一日違い。「覚えやすいですね」。姉夫婦の子ども2人と長男が午後揃うと、「すごいですよ。賑やかなんてもんじゃないですね。でも、そのなかで謙信は平気で眠っています。もう少し大きくなり、4人で騒ぎ出したら、きっとすごいことになるでしょうね」。忙しい毎日。「こうして子育てできるのは、家族みんなのおかげです。感謝しています」。
(2005.08.26)

福原 美恵さん 38歳  ECC英語教室
今年1月、7回目になるジャズライブを東京で開いた。エラフィッツ・ジェラルドの曲などスタンダードナンバーを12曲ほど歌った。高校時代の吹奏楽部でウッドベースを担当し、ビッグバンドのジャズと出会い、ボーカルに魅かれる。10年余り前から東京のスクールでボーカルレッスンを受けている。「津南でも機会があれば、歌ってみたいですね」。毎月一度、東京へレッスンに通っている。
 このジャズ、英語のレッスンにもなる。甲府市の高校3年の時、1年間、アメリカ・ワシントン州の人口3百人余のアルマイラ村にホームスティ留学した。「いきなり向こうの高校に入り、何も分からないなか、必死でした。英語の学習だけでなく、考え方など価値観、人生観に大きな影響を受けました」。ホームスティでお世話になったヒースマンさん夫妻は、結婚式に出席してくれた。今もメールや手紙で交友している。
短大英文科を卒業後、英語力を生かし貿易会社に入る。23歳で結婚。「私の方から津南に行こうと言いました。早くに両親を亡くしていたので、家族が多い中での生活をしたいのと、子どもは田舎で育てたいという思いがありました」。夫・悦夫さんの実家に帰り3年。昨年から英語力を生かしECC英語教室を開いている。保育園児から40代まで、幅広い人たちが通っている。
 勤務先はそのままの悦夫さん。毎日、新幹線通勤で東京の印刷会社に通う。朝7時の新幹線に乗り、夜は9時頃帰宅。通勤費用は会社が補助。「津南は、人が生きていくうえで一番大切な水と米がおいしいです」。バレーボール・苗場クラブにも入り、「パラグライダーにも挑戦したいです」。津南ライフを楽しんでいる。
(2005.08.19)

瀧沢 由紀子さん 60歳  司法書士
今の仕事に進むうえで大きな影響を受けた父が、今年3月他界。生涯現役の94歳だった。土地家屋調査士、司法書士の父。「何か資格を取らなくてはと、少なからず影響を受けました」。実務研修を積むため暮した東京時代。勤務する事務所で運命的な出会い。共に資格を取得し、人生のパートナーとなる。昭和58年11月、夫・勉さんの実家、津南町押付に定住。翌年4月、町中央部の国道117号沿いに「瀧沢司法書士・行政書士事務所」を開設。あれから21年の時が流れている。「過ぎてみれば、あっという間ですね」。
 栃木県高根沢町の出身。自律の町。冬は数a程度の雪の同地。津南に来た年から3年連続、大雪が歓迎した。あの59豪雪。「もう言葉が出ませんでした。地元の人たちが『今年は特別だ』と、毎年のように言うのが不思議でした」。でも、「春になり、空が広くなり、新緑が広がっていく、この素晴らしさは、雪国の人たちが言っている通りだなと思いますね」。
 東京時代、司法書士をめざしながら、「江戸懐石・近茶流」の料理教室「おもてなしの料理」に通う。NHKきょうの料理でおなじみの柳原一成氏は2代目。「和食の基本から懐石料理までですが、私は初歩の初歩です」。津南に事務所を構え、その1階で半年ほど、お弁当など惣菜を提供した。「仕事が忙しくなり止めてしまいました。人に作ってやるのが好きなんです」。
 明日はお盆の入り。「今年は父の新盆です。実家の方では、生前交友があった方々が新盆には提灯をその家に奉納します。小さな頃は、それがとても綺麗だった記憶があります。父の新盆で、また見られます」。歴史ある風土を感じる。
(2005.08.12)

大平 善司さん  48歳  高橋工務所
 そそり立つ2百b余の沖ノ原の断崖。スタート台から見える眼下の車は小石くらい。「恐怖心はあったが最高だった。沖ノ原からの初フライト、ふわりと空に飛び出すあの感覚、忘れられない」。長さ12b、幅2b余のパラグライダー。真下に見える中津川運動公園グラウンドまでの初フライトは、家族が見守るなかでの初飛行だった。以来13年、「もう病み付きですね。以前は「家族サービス満点パパ』でしたが、今は日曜になると沖ノ原。年間百本くらい飛びます」。
 初めてパラグライダーを間近で見たのは22年前。スペインへスキーに行き、春山をパラグライダーが飛ぶのを見て興味津々。13年前、会社の目の前、というより真上の沖ノ原から、ピンクのパラグライダーがふわりと飛び出すの見て、「これは、やらなきゃ」と、『師匠』の高梨茂さんに弟子入り。マウンテンパークで練習を積み、その年の秋、沖ノ原の絶壁から初フライト。「鳥のように自由に飛べたらと思う。トンビが風に乗って旋回しているのを見ると、うまいなーと思いますね」。
 2年前、師匠の高梨さんなど仲間とニュージーランドへ行きフライトした。クィーンズタウンを拠点に8日間滞在。南半球の空を満喫した。石川・獅子吼町や宮城・鳴子などにも時々出かける。「津南はこの河岸段丘の地形がいい風を生んでいる。マウンテンパークは午前中は南風、沖ノ原は午後から北風。一日中飛べる環境にある。PRすれば全国からパラグライダーファンが集まる」。月刊雑誌『パラワールド』の依頼を受け、津南の良さを紹介。8月号に掲載される。「飛ぶようになってから人生観が変わった。ストレス発散には最適ですね」。
(2005.08.05)


COPYRIGHT (C)2004 TSUNANSHINBUN-ONLINE. ALL RIGHTS RESERVED
!-->