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2005年12月の妻有に生きる


過去の妻有に生きる
村山 奈津恵さん  24歳 津南町割野
「本当は保育の道に進みたかったんですが、専門学校時代に実習で特養老人ホームやホームヘルパーを体験したんですが、その中で1日だけディサービスの仕事をしたんです。その時、思いました、保育の仕事と似ていると。自分がしたい仕事だと」
 ディサービスは朝、利用する高齢者宅へ車で迎えに行くことから始まる。
 「喜んで待っていてくれるので、うれしいですね。1日楽しく過ごしていってほしいと毎日、感じています。小さい時、家でおじいちゃんやおばあちゃんと過ごしたことを思い出します」
 リハビリを兼ねたレクリェーションや軽体操、入浴介助、オムツ交換、そして話し相手になることも大切な仕事だ。
 「仕事の中には嫌なこともあります。が、それ以上に、利用者とふれあっているのが楽しいんです。昔の話なんか面白いんですよ」
 高校時代、1度は東京生活に憧れたが、今は津南生活に満足。
 「話をするにしても、方言丸出しでできるし、家から通えるのがいいとずっと思っていました。専門学校時代から、津南に残りたいと感じていましたね」
 長岡市での3年間の専門学校生活で、保育士や幼稚園の先生、ホームヘルパー1級、社会福祉主事、障害者スポーツ指導員など資格を持っている。
 「介護福祉士の資格はないので、現場3年間の経験を積み、2年後の試験に向け勉強していかなくっちゃと思っています。いずれ特養の方の仕事にも就かなければいけない時も来るので、資格は必要ですね。自分だけ『いつまでもディサービスの仕事がいい』と言っていられませんから」
 笑顔と健康を、が職員の合言葉。
 「最初、『行きたくない』と言っていた人が喜んで来るようになった。うれしいですね。ディサービスで、もっともっと元気になってほしいです」
(2005.12.23)

江村 詳一さん  82歳  津南桐生産振興協議会長
「女の子が生まれれば、嫁道具の桐タンス材料として、男の子なら学資として、かつてどの家でも庭先などで桐を育てていた。今、再び津南桐の良さが見直されてきている」
すっぽりと雪に覆われ、白銀の世界となった津南。雪国で育つがゆえに、ぐっと締まった桐に、そして、うっすらとピンクがかった色になるのが津南桐の特徴だ。
 「昭和50年代初期まで、津南桐は銘木としてその名を響かせた。しかし、台湾桐などの輸入材が入って、一気に低迷する結果となった。台湾桐は生長は早いが目が粗く、木釘が抜けてしまうほど。津南でも生産が増え、それで『津南桐の品質はいまいち』となってしまった。もう一度、すばらしい津南桐をと、5年前に協議会を発足させ、取り組んでいる」
 28人の仲間でつくる津南町桐生産振興協議会。桐材をスライスしてはがきや色紙、掛け軸などに貼ったり、ライター入れや工芸品用など、新たな活用を模索している。
 「若い人たちからも、津南桐に関心を持ってもらい、1本でも2本でも育てていくのが当たり前のような地域になればなあ、と仲間で話している。小学校へ出向いて植樹活動をしているのもその一環」
 少しづつだが、需要が伸びている。
 「最近は、新築住宅の天井板や腰板用に使うのが増えている。材料もいいのが求められており、建材としても 津南桐の利用価値が上がってきている」
 今から65年ほど前、食費と授業料合わせ、1カ月15円ほどだったとき、幹回り3bの銘木が1本千円で売れたという。
 「オレも、津南桐のお陰で学校に行けたんだ。あの桐がなかったら、学校にも出せてもらえなかった。一般的に、桐を売りに出せるまで20年だが、銘木には30〜40年ほどかかる。津南に桐の銘木あり、そう全国にとどろかせたいものだなあ」
(2005.12.16)

福原 えり さん  31歳 津南町大割野
体に響くフォービートの音楽。自然に 体が揺れる。練習を 始めるストレッチの時から、もうジャズダンスの世界。
 「とっても楽しいです。まだ初心者ですが熱中度は高いですよ」
形にとらわれないダンス。何やらはっきりしなくて、アバウトで、自由で、喜怒哀楽すべてを表現できるダンス。そんな風に理解している。
 「何もかも忘れて集中して取り組める、同時に、仲間同士、ワイワイ言いながらその日の練習を締めくくる、そんな週1回の活動が、生きがいになっています」
  昨年の夏、子どもが通う保育園のお母さん仲間と意気投合、シェイプアップを兼ねてスタジオJ&Aの門を叩いた。
 「実はその前の津南雪まつりで、誘いを受けてチョベリーズの一員としてステージに立ったんです。人前に出ることは、とっても苦手だったんですが、そのことがとってもよい経験になり、私を変えたのかもしれません」
 今年のスタジオJ&Aの発表会は11日、町文化センターで開催。
 「まだまだ下手で恥ずかしい限りです。少しもダンスの流れを覚えられず、もう大変。失敗も多いと思いますが、自分が楽しむんだ、という気持ちでいきたいです」
 昨年3人だけだった大人の練習生は、今年7人に増えた。
 「やっぱり仲間が多いということはいいですね。教えてくれる大口悦子先生は大変でしょうが、楽しさの輪が広がったという感じです。もっともっと多くのお母さん方から参加してほしいですね。健康づくりのつもりでどうですか」
 フォービートの激しいリズムがスタジオに流れる。全身が映る大きな鏡の前で踊る。普段見ることのできない自分がいる。
 「子どもがバスケットボールに取り組んでいるので、そのママチアマンになるのが夢かな」
(2005.12.09)


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